富山大学理学部案内2021
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15RESEARCH TOPICSRESEARCH TOPICS 昨年(2019年)の4月ごろ、有名な科学雑誌Natureに「宇宙空間でHeH+(水素化ヘリウム)という分子が見つかった」との報告が載り世界的に注目された(日本語の解説記事が今年(2020年)の日経サイエンス5月号に載っているのでみてほしい)。現在では宇宙空間にはたくさんの種類の分子が見つかっているが、初期の宇宙では物質の大部分が水素原子(H)であと少しヘリウム原子(He)が存在するくらいだったので、宇宙でまず最初にできた分子がこのHeH+と考えられている。宇宙の分子の始まりとなる大事な分子なので、宇宙の物質の合成過程を理解するためにはどうしてもその存在を確認する必要があった。しかし、これまで長期にわたる星間分子探査にもかかわらずこの分子は見つかっていなかった。宇宙に実在することが観測でやっと確認されたというのも素晴らしいが、実はこの分子を見つける手がかりとなる実験データを提供したのは富山大学である。 星間空間にある分子から出される電磁波を地上の望遠鏡で受信して調べているのが赤外線天文学とか電波天文学の研究者だ。どんな分子かを判定するには、その分子の出す電磁波の周波数すなわちスペクトル周波数を事前に知らなければいけない。望遠鏡で空を探すのでなく、実験室で分子と「会話」してスペクトルを調べるのが実験室天文学という学問だ。富山大学は古くから電波やレーザーで分子を調べる電波分光学やレーザー分光学に秀でていて、実験室天文学の研究も盛んだ。HeH+を探査するにはこの分子イオンが出す遠赤外線の周波数を実験室で正確に測る必要があり、そのためには欲しい周波数のところで位相のそろったきれいな遠赤外光を発生できる装置が必要だ。遠赤外より周波数の低い電波領域では電子回路による電波発生器があり、また、遠赤外より高周波の光領域ではいろいろなレーザー装置が使えるのに対し、遠赤外領域には良い光源がなかった。そこで富山大学では周波数の異なる2本の赤外レーザー(炭酸ガスレーザー)の光を用意し、その差の周波数の光として遠赤外光を発生させるという方法をとった。写真はその装置の一部だ。遠赤外の領域でこのような方法で正確にスペクトル測定ができるのは現在世界でも富山大学だけで、大きな特色だ。測定したHeH+イオンの回転スペクトル周波数は2.0101838x1012ヘルツだった。1996年のことである。 今回の観測によるHeH+の発見はそれから20年以上も経っている。実は富山大学の測定から数年後に一度それらしい観測結果が報告されたことがあったが、当時の遠赤外天文の観測精度では近接する別の分子のスペクトルとの区別がつけられず確証とならなかった。その後の観測精度の向上のおかげでやっと確認ができたというわけだ。 観測のよりどころとなるデータをあたえた富山大学の装置は、現在でも世界で唯一の装置として、物理学科の小林教授、森脇教授のもとで稼働している。理学部ホームページ上で研究トピックスを掲載しています。是非訪れてみてください。学科紹介ムービーをスマホ・携帯電話でご覧になれます。◆宇宙最初の分子の存在が確認された◆実験室天文学という学問富山大学 名誉教授松島 房和(物理学科)宇宙最初の分子と富山大学の研究世界でこれ1台の高精度遠赤外分光装置市販品にない高い性能を追求して自作された2台のレーザーが床からの振動を防ぐ防振テーブルのうえに、配置されている。

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