富山大学理学部案内2021
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研究者レポート16《現象に潜む法則を見つける》「生物の体に現れる模様のでき方には法則があるか?」この問いを聞いて、あなたはどう思うだろうか。1952年にイギリスの数学者アラン・チューリングは、生物の体に現れる規則正しい模様は数式で表現できるという仮説を立てた。仮説は1995年に日本の研究者らによって確認された。このように生物の行動や形態を数式でモデル化できれば、生物に関する不思議が解明されるのでは? という期待から、研究が進められてきた。上田肇一教授のゼミに所属する古川さんは、こうした現象の解明に関わる応用数学を研究している。テーマは「集団運動の安定性解析」だ。集団運動というのは複数の個体が互いに影響を及ぼしあい、一定の距離を保つ運動のこと。鳥や魚もそうだが、我々人間も実は集団運動をしている。スクランブル交差点では、人は意識しなくても他人とぶつからないように行き来できる。上から様子が見えているわけでもないのに、まるで正しいルートがわかるかのようだ。この、一見不思議に見える現象も、他者との距離や配置などを数式で表せるかもしれない。古川さんが応用数学に関するゼミに入った動機もそこにある。数式で表せる現象があることを知って興味が湧き、数学を使って様々な不思議を解き明かしたいと思ったのだ。《集団運動を数学で》古川さんは集団運動を、互いに影響し合ういくつかのスポットの運動として捉え、ガスの放電現象を表す数式からつくりだされる集団運動について考えた。数値シミュレーションの結果、いくつかのスポットが初期値の違いによって一定速度で直進したり、回転したり、静止したりする興味深い運動が見られた。さらに古川さんはスポットの個数が増えても集団運動が観測されるのかを考察した。これを数学的に調べる上でカギとなるのが「安定性」だという。《現実の世界をつなぐ架け橋》運動しながらも、一定の状態を保っている場合、その状態は「安定している」と定義される。例えば、一定の速度でまっすぐ進む状態や、回転している状態を保とうとする現象は安定している。自然界で見られるこのような現象の一つの例に、イワシの魚群が形づくる「イワシ玉」がある。なぜ、安定性にこだわるのだろう? 古川さんは「解の運動の安定性を考える理由は、モデルと現実の世界をつなぐ架け橋になるからだ。」と切り出した。例えば、先のとがったつまようじが垂直に立った状態を想像してほしい。その状態を数式で表すことができる、という意味では存在するが、実際には観察できないので、「安定性のない解」と見なす。次に、イワシ玉の運動を考えてみよう。現実には渦や大きな魚など外部からの刺激が加わっても、イワシ玉はその丸い形を保とうとしたり、規則正しい並びに戻ろうとする。たとえ、ほんの小さな刺激でイワシがばらばらになるような運動であるという解が計算で得られたとしても、それは実際にはありえない。すなわち「安定性のない解」となる。古川さんが考えたモデルについても、実際の現象と結びつけて数学的に解明しようとすれば、解の安定性を考える事が重要になる。《研究を通して感じた数学の魅力》古川さんは研究を振り返ってこう語る。「この研究では地道で膨大な量の計算をしなければならない。結果がどうなるかわからない計算ばかりで大変だ。しかし、その予測のつかなさが、この研究の面白さでもある。どんな結果でも現象の解明につながると思うとやりがいがある。たくさんのミスを修正しながら膨大な計算の先にようやく結果が得られる。この達成感がたまらない。また、研究では大学2年までに学ぶ内容を活用する機会が多い。当時は何のために学ぶのかわからなかったが、研究に携わるようになってからようやくその活用の広さがわかり、改めて基礎の重要性を感じた。大学院を目指す後輩たちにはぜひ基礎の大切さを知ってほしい。」大学院修了後は、教師として頑張っていくという古川さん。「これまでに学んできた知識や経験を活かして生徒たちに数学の楽しさや魅力を伝えていきたい」と目を輝かせた。古川 紘成富山大学大学院理工学教育部修士課程数学専攻2年出身 : 岐阜県高山市趣味 : 野球観戦〈ふるかわ ひろなり〉この研究紹介記事は以下の講義で作成したものです。「科学コミュニケーションII」 主講師:元村有希子(毎日新聞社論説委員兼編集委員)担当教員:川部 達哉(数学科)、島田 亙(生物圏環境科学科)集団運動の法則の解明に向けて貝殻の縞模様にも法則が隠れている?一定速度で直進し続ける運動一定速度で回転し続ける運動上田教授より提供学生による学生のための研究者レポート̶理学部の若き研究者たちの最新情報を公開̶このページでは、学生が先輩たちに研究内容をインタビューし、その内容を分かりやすく紹介します。

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