精神看護学の研究は、実践現場と切り離しては存在しえない。研究の課題・問題は実践現場から生起してくるのであり、それに応えていくことが研究の意義・価値となるからである。研究と実践との連携によって、「実践を通しての研究(主に仮設生成型研究)」と「実践に関する研究(主に仮説検証型研究)」の両輪が成立し、精神看護学の発展促進に寄与することができると考えている。これまで継続してきたメインの研究テーマは「保健医療の中のスピリチュアリティに関する研究」である。この研究は、「日本人のこころの栄養源は何か」に関心を抱いたのをきっかけに、1995年から行ったインドネシア(ジャカルタ)を中心としたフィールドワークに始まる。多くのインドネシア人の「こころの栄養源」は、宗教(イスラーム)であることは十分予想できることである。そこで、イスラーム系の病院内で参与観察者として身を置き、「内の目(イーミック)」と「外の目(エティック)」を駆使しながら「日本人のこころの栄養源」について検討を重ねていった。その結論が「スピリチュアリティ(霊性、宗教性)」であった。1998年になると、WHOの健康の定義に「spiritual」の追加が発議された。その後、「包括的スピリチュアリティ(霊性、宗教性)」は日本国内の医療施設では馴染みにくいことが指摘されてきた。そのため、さらに調査研究を実施して「私的スピリチュアリティ(神気性)」を特定し、スピリチュアリティ評定尺度(SRS-A・B)を開発するに至った。現時点においては、実践現場との繋がりを意識した以下のテーマについて研究している。「感情投影表情描画法によるアセスメントツールの開発とその有用性に関する研究」では、客観的評価が困難な投影検査法に対してロジスティック回帰分析を用いて検証し、児童・生徒が抱いているポジティブ感情とネガティブ感情を判別できる半構造的描画法の開発を試みている。「精神科病棟に勤務する看護師の喪失体験に関する研究:喪失感応態勢モデルの創出」では、7事例という少数事例に対して個人別態度構造分析(PAC分析)の手法を援用しながら新たなモデルを創出し、そこから喪失に伴う精神的な動きについての仮説生成を試みている。「企業におけるコーチング教育導入による精神的健康面への効果に関する研究」と「臨床看護師を対象としたメンタリング・プログラムの開発とその評価に関する研究」は、数百名の対象者への介入変容効果を検討するプログラム評価研究である。「職場ストレッサーが臨床看護師の自己成長プロセスへ及ぼす影響に関する研究」では、まずグラウンデッド・セオリー・アプローチによって30名ほどの対象者へインタビューを実施して自己成長モデルを作成し、次に数百名の調査データを用いて共分散構造分析を行いその適合性について検討を試みている。「看護師のワークコミットメントと対人ストレスに関する研究」では、看護師用対人ストレスコーピング尺度を開発し、それを用いた結果を効果的に参照することで看護師の職場定着向上に役立つという仮説の検証を試みている。また、「情緒的involvement対人援助技術プログラムの開発」は、臨床場面でみられるinvolve-ment(巻き込まれ)の肯定的側面について検討し、その有用性を援助技術として実用化することをねらっている。精神看護学の教育においては、上述したメインの研究テーマを基盤に、「精神」を二つの「こころ」から教授している。つまり、「刺激反応的行動につながるメンタル面(心理面)」と「主体内発的行為につながる私的スピリチュアル面(神気面)」である。精神看護学は、この二つの「こころ」を起点に全人的な健康について考察し、実践を通じてその実現を目指している。したがって、精神看護学講座における人間の見方(モデル)は、『夜と霧』の著者である精神科医のヴィクトール・エミール・フランクルらが提唱したBPSSモデル(biopsychosocial-spiritualmodel)と類似しているといえる。(比嘉勇人)103第2章 医学部・附属病院 精神看護学講座
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