富山大学附属病院におけるがんゲノム医療の現状2000年代初頭、10年以上に及ぶヒトゲノム計画が完遂し、ポストゲノム時代となった。その後、次世代シークエンサー(NextgenerationsequencerNGS)の開発を経て、2015年に米国元大統領オバマ氏が「プレシジョン・メディシン・イニシアチブ」いわゆる「精密医療計画」を発表。ヒトゲノム情報を精密な医療開発に応用する考え方を示した。がん細胞は遺伝子変異がその根本的な異常であるので、ゲノム医療の格好の対象となる。このため世界中でがん組織を用いたNGS解析による網羅的な遺伝子解析が一気に進んだ。日本でも革命的な遺伝子解析の進歩をがん診療に応用するため、2019年にはがん遺伝子パネル検査が保険収載となった。本稿では本院におけるがんゲノム診療の構築を詳述する。2017年に本邦で「がんゲノムコンソーシアム」が立ち上がり、まさに、国を挙げてのがんゲノム医療立ち上げの機運が高まっていた。同年12月に厚労省で「がんゲノム医療」の説明会があり、翌2018年3月に全国11施設の「がんゲノム医療中核拠点病院」が指定された。本院は中核拠点である京都大学と連携を組むことによりがんゲノム医療連携病院となった。さらに、国立がん研究センター中央病院を主機関とする先進医療Bに参加し、いち早く臨床での「がんゲノム医療」に参画することとなった。こうしたがんゲノム医療創設期のあわただしいなか、院内の仕組みも早急に整える必要があり、「がんゲノム医療推進センター」を立ち上げることとなった。当時の病院長斎藤滋先生に相談し、ワーキンググループを立ち上げた。準備会を繰り返し開催後、2018年6月に同センターを開設し、同年9月25日にキックオフミーティング開催に至った。がんゲノム医療は今までの診療にない新たな診療体制を構築する必要があり、厚労省の示す要件を参考にしながら様々な準備を行った。まず、今までにない人材確保が必要で、医師としては、ゲノム医療担当医、検体の品質を担保する病理医、遺伝性腫瘍について検討する遺伝専門医などである。医師以外では、遺伝相談に携わる臨床遺伝カウンセラー、遺伝子変異の意義を吟味するバイオインフォマティシャン、ゲノム外来や検査出検、エキスパートパネルの調整などを行うがんゲノム医療コーディネーター(CGC)など、まったく一からの体制構築となった。幸い、遺伝診療部の仁井見教授(当時准教授)、病理の井村教授、そして斎藤院長の強力なサポートの下、何とか人員確保を行った。さらに、運用面ではがんゲノム外来開設、先進医療Bの届け出、自由診療用遺伝子パネル検査の契約、検査室基準の認定、がんゲノム医療連携病院申請等、多くの要件獲得に向けて、それこそ病院各所のお力を総結集した準備が行われた。また、富山県内でのがんゲノム医療普及・啓発を図るため、年間4回の研修・講演会を開催した。2019年には中核拠点と連携病院との中間に位置する「がんゲノム医療拠点病院」が公募されることになった。これは全国30程度の施設に限定されるという狭き門であったが、仁井見先生とともに霞が関で厚労省のヒアリングを受け、幸運にも指定を受けることができた。この結果、同年11月から保険診療による「遺伝子パネル検査」を当院独自のエキスパートパネル開催で開始した。2023年3月現在、足掛け5年間で当院でのがん遺伝子パネル検査は総数545件、このうち他院からの紹介例は125件、約23%を占める。エキスパートパネルの結果から、何らかの推奨薬が提示された症例は231例42.4%であった。さらにこの症例のうち実際の薬剤投与に至った例は49例で、推奨を受けたうちの21.2%、全体の9.0%という結果となった。以上の経緯から本センターは2024年度より「がんゲノム医療推進センター」改め「がんゲノム医療センター」と改称し、新たなスタートを切った。まだまだ発展途上のがんゲノム医療であるが、今後ますますその重要性は増すと考えられ、本センターの発展が期待される。(林 龍二)168 がんゲノム医療センター
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