医学部50周年
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富山大学しらゆり会理事長   黒嵜 有二ます。現在、しらゆり会は、大きな問題に直面しています。コロナ禍の令和2年度理事会で大学側より報告があり、遺骨保管スペースに余裕がなくなって、今のペースでいけば10年程で限界になるだろうと言うのです。この問題に対して、大学職員2名、大学医学部教員2名、しらゆり会役員2名による、『ご遺骨保管方法検討WG』を設置し、足掛け2年に渡り協議検討を繰り返しました。その結果、以下の事項が提案されました。 ①富山大学しらゆり会50周年記念事業(令和8年6月)として、民間墓地を購入し、建墓すること ②不足分の費用を調達するために寄付を募ること ③建墓後の墓地で、合葬することこれらの事項は、令和6年度の6月に行われた理事会にて承認され、この後令和6年度10月に開催予定の、しらゆり会総会に諮られることになっています。現時点で、報告できる内容はここまでとなりますが、上記事項を実現させるため、しらゆり会はこれからも、富山大学医学部と共に歩み、共に努力していく所存です。第3章 関連団体と地域活動今から48年前の昭和52年10月7日、富山医科薬科大学医学部医学科2年生によって取り行われた、第1回目の解剖実習での献体者数は、11体でした。そこから始まった献体者の数は、令和6年3月31日現在で1674体となりました。私達しらゆり会は、「死後、自らの体を提供することで、医学教育に貢献したい」という、貴い意志を持った人達の集まりであります。その一人一人が歩んできた『献体というボランティア』活動の実りが、実に半世紀に渡り4000人を超える医師を輩出した、富山大学医学部の医学教育を支えてきたのです。昭和50年の富山医科薬科大学医学部創立から2年後、しらゆり会富山医科薬科大学支部が設置され、私は、9代目の理事長となります。ほぼ半世紀に渡り共に歩み、その時代時代に色々な出来事があったことと思われますが、とりわけ令和2年、日本に上陸した新型コロナウイルスの感染拡大によるコロナ禍は、多くの人達の心に、大きな爪痕を残しました。富山県でも、病院での院内感染、介護施設や学校での集団感染、入院患者との面会禁止、個人的にも外出の自粛、マスクの強制着用等、いったいいつになったら、普段通りの生活を取り戻すことができるのか、不安な日々が続きました。しらゆり会も容赦なく、通常を奪われました。令和2年度と令和3年度の2年間、集会形式によるしらゆり会総会の中止を余儀なくされ、書面決議による開催となってしまいました。本当に残念でした。しかし、コロナ禍の中でも、しらゆり会会員の皆様は、その貴い意志を貫かれ、結果として例年同様医学教育を支え続けることができたことは、誉れであります。そして、その意志を実現させてくださったご家族の皆様の勇気と決意に心からの感謝を申し上げ187しらゆり会の歩み(共に歩んだ半世紀)

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