5.記憶研究の成果について記念講演会ろう、優れた研究をしなければと考えたのです。数学者のポアンカレが書いた「科学と方法」という本の中で、彼はこんなことを言っています。「その特定の事実以外には何も教えず、何も新しいものを生み出すことのない発見がある。これに対し、その1つ1つが新しい法則を教え、大きなリターンを生み出す発見がある。」つまり彼は前者のような研究をしても意味がない、それは新しい発見だけど大したものではないよ、ということを言いたかったのですね。さて、価値のある科学とはなにか。それは、幅広い自然現象を説明でき、多くの科学の発展に繋がること。こんなことを言っているわけです。これを見て私はピンときました。自分が研究者で生きていくためには、こういったことをやっていかないといかんなと。私が富山大学に赴任してから、教室から論文を出すときに、必ず筆頭著者に3つのことを問いかけます。1番目に、どんな疑問に取り組んだのか、それはその分野で一番重要な疑問なのか。大したことのない疑問からスタートするとそれが成就されても大した論文にはなりません。2番目は、結論は何なのか、それがクリアになっているか。特に重要なのは、コンセプチュアルアドバンス、つまり新しい概念を提示しているのかということ。3番目は、我々の研究成果の重要性というものを、研究者ではなく一般の方にも理解してもらえるか。例えば、iPS細胞の重要性は一般の方でもすぐわかります。本当にいい研究というのはそういうものです。一般の方が重要性を理解できない研究はやってもしょうがない、とは言いませんが、そういう研究は目指さないということです。こういったことを常に教室員に問いかけてきました。富山大学に来てから発表した論文をまとめてみたものが、ご覧いただいている主要論文です。2009年から始まっていますが、Cell、Science或いはNature系の論文が出ています。それは先ほどの3つの疑問を常に厳しく追い求めてきたからということになります。富山大学に赴任した初期の研究を少し紐解いてみます。当時、記憶からヒューマンインテリジェンスの形成されるメカニズムというのを目的として、研究を進めて参りました。例えば記憶Aと記憶B、インディペンデントな記憶ですが、何らかの相互作用、例えば「動物」という知識ができますが、それは犬を見て4本足でワンと鳴く、翌日カラスを見て2本足で空を飛ぶといった個々の記憶から、それぞれが関連付けされ、結合されて知識を作っていきます。ということで記憶同士の関連づけのメカニズムを明らかにするというのは、知識がどのようにして形成されるのかにつながり、ヒト高次脳機能を理解する第一歩であります。こういった研究を富山大学で始めました。 その当時、記憶はどうやって脳に蓄えられるのかはある程度見えてきていました。例えば、ある学習を体験したときに活動するニューロン群、緑で書いてありますが、特定の記憶はその時に活動したニューロンのセットとして蓄えられる。活動後、何らかのきっかけで同じニューロン群が活動すると、その記憶を思い出すわけです。これらの細胞を記憶エングラム細胞と言うのですが、これを基にして記憶が関連付けられる仕組みに関する研究を開始しました。まずわかったことは、元々はAという記憶とBという記憶の記憶エングラム細胞は別々なのですが、両者が関連付けられるときは、一部のエングラム細胞が両方の記憶を担うようになるという発見です(図1)。この発見を元にして、全く無関係の記憶AとBを人工的に関連づけて偽記憶を作ることにも成功いたしました。記憶というのは、このようにそれぞれ相互作用して関連付けられるのですが、それぞれの記憶を混同することはなく、それぞれは異なるものとし23(図1)
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