医学部50周年
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6.アイドリング脳研究記念講演会この発見をきっかけとして、新しい研究分野を開拓しようと思いました。それは睡眠中や、もっと言えば潜在意識下で脳が何をやっているのか、どういう情報処理をしているのか、そのメカニズムは何かというクエスチョンです。新しい学術分野を切り開こうということで、齋藤学長や北島理事をはじめ多くの方々のご尽力によって、富山大学にアイドリング脳科学研究センターを2020年に設立いたしました。アイドリング脳とは何かということなのですが、車が止まっていてエンジンをふかしているのをアイドリング状態と言いますが、睡眠や休息中、身体や頭が休んでいる時の脳の状態や活動のことを言います。言い方を変えれば、潜在意識下の脳の状態や活動のことを示します。睡眠中に偉大な科学的な発見がなされた例というのはいろいろとあります。例えばベンゼン環の構造の発見は、そのヒントを夢で見たとか。或いはメンデレーエフの元素の周期率表の発見もそうです。彼は夢で完全な表を見たと。起きて、それをメモに書き取ったというのですね。こんなすごい発見でなくても、私たちでも日常生活の中での悩み事、或いは課題解決、ちょっとしたアイデアなどの閃きですね、起きているときにいろいろ考えても解答が得られない。しかし、寝て起きたときにパッと例えば対人関係の悩み事はこうすればいいんだ、と閃く経験は皆さんもあるかと思います。アイドリング脳に関する私たちの最近の研究について、1つだけお話したいと思います。以前講座にいた助教のカリム・アブドウ君、それから現在准教授の野本真順君が中心になって行っている研究です。脳は睡眠中にどのようにして高次の情報処理を行っているのか。もう少し具体的なクエスチョンを言いますと、推論、三段論法のような推論に睡眠は必要なのか、必要ならいったいどのような仕組みで睡眠中に脳は推論しているのか。さらにそれらの知見を基にして、脳機能を向上できるのではないかということです。こんなことをやってみました。A、B、C、D、Eと5つの部屋を作って、どの部屋が良いのか、つまりどの部屋に行ったら報酬をもらえるか。AとBのペアだったらAの部屋に行ったら報酬をもらえる、BとCのペアだったらB、CとDのペアだったらC、DとEのペアだったらDで報酬がもらえる。ここには隠れたルールがあって、全体のヒエラルキーが「A>B>C>D>E」となっています。そこでマウスに聞くわけです。今までに体験してないBとDではどっちがいいの、と。この図は、マウスは確かにそういった推論ができることを示しています。重要なのはBとDの推論の正答率ですが、テスト1は最後の学習後に睡眠を行ってないマウス、テスト2、3、4はきちんと睡眠しているマウスです。ご覧のように正確な推論には睡眠が必要だということが分かったと同時に、大脳皮質の前頭前野の睡眠中の神経活動も重要であるということが明らかになりました。例えば、学習後の起きているときの前帯状皮質(ACC)の活動を押さえても、推論成績は保たれているのですが、ノンレム睡眠やレム睡眠中のACCの活動を抑えると、推論ができなくなった。一方で、オリジナルの記憶、AとB、BとC、そういったものはちゃんと覚えているので、推論のような高次の情報処理は睡眠中、ノンレム睡眠およびレム睡眠中の神経活動が重要ということが見えて参りました。それでは一体脳は何を行っているのかということでありますが、カルシウムイメージングという方法を用いて神経細胞の活動を見てみますと、BとDの間にマウスがやってきてBを選ぶわけですが、その選んだ瞬間に、活動する神経細胞の集団をとらえると、このようなものがあるよということが見えて参りました。その瞬間に同期して活動する神経細胞の集団です。推論パターンと呼んでいます。学習のときから推論パターンの神経活動が上昇してくるんですが、重要なのはBとDを見る前のレム睡眠中に、もうすでに出てきている。つまり、まだ経験してないことに対する解答が脳の中では、特にレム睡眠中に、出ているということを意味します。結論だけ申しますと、ノンレム睡眠中に、オリジナルの記憶のエングラム細胞同士が同時に活動する頻度が非常に高いことがわかりました。一方、推論パターンとオリジナルの記憶のエングラム細胞との共活動がいつ出てくるか25

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