昭和51年に呼吸器外科、消化器外科を専門とする山本恵一先生が初代教授として富山医科薬科大学外科学第1講座を開設され、昭和54年の附属病院開院とともに第1外科の診療が開始された。平成6年、不整脈外科を専門とする三崎拓郎先生が第2代教授に就任され、三崎拓郎教授在任期間中に、成人、小児とも心臓手術症例数が飛躍的に増加した。平成17年10月、富山県内の3大学が統合され、富山医科薬科大学外科学第1講座は富山大学外科学(呼吸・循環・総合外科)講座と改称された。平成21年には三崎拓郎会長のもと第39回日本心臓血管外科学会学術総会が富山の地で開催された。平成22年より小児心臓外科を専門とする芳村直樹が第3代教授として教室を担当している。開学以来の歴史については富山大学医学部創立40周年記念誌をご参照いただくこととし、本稿では開学40周年以降、現在までの10年間の変遷について述べる。「ひとりでも多くの優秀な外科医を育成し、北陸地方の外科医療を支えていくこと。」が、われわれの最も重要なミッションであると信じ、これを教室の理念として掲げてきた。現在、当講座では「成人心臓外科」、「小児心臓外科」、「血管外科」の3グループで診療,教育・研究活動を行っている。成人心臓外科グループは深原一晃、土居寿男、名倉里織、横山茂樹等を中心に診療・研究活動を行ってきた。当科は全国でも最も早くから「人工心肺を用いないオフポンプ冠動脈バイパス術」、「不整脈の外科治療」を導入した施設であるが、平成29年に富山大学循環器センターが開設され、「重症心不全の外科治療」にも力を注ぐことになり、この領域でも全国のトップランナーとしての地位を築いてきた。令和6年、深原一晃が射水市民病院長として転出した後は、土居寿男、名倉里織、不破光策の3名体制で成人心臓外科チームを支えている。小児心臓外科グループはこの10年間、芳村直樹、青木正哉、東田昭彦、鳥塚大介等が中心となって年間130~l40例の小児心臓手術を施行してきた。「先天性心疾患を持って生まれた患者さんに、新生児期から成人期まで安全かつ継続的な医療を提供し、次世代の医療者を育成するためには、多職種からなる専門診療チーム体制の構築と、手術経験の集積が必要である」という考えに則り北陸地方の拠点施設として30年後、50年後も富山大学が北陸の心臓病のこども達を守っていける体制作りに力を注いでいる。血管外科グループは令和4年に山下昭雄が黒部市民病院血管外科部長として転出した後、山下重幸、長尾兼嗣を中心に診療・研究活動を行っている。血管外科領域における最近の進歩は目覚ましい。本学では動脈瘤、末梢動脈疾患、静脈疾患すべての領域でオープンサージェリーと血管内治療を駆使して、ハイリスクで治療困難とされてきた重症例にも安全に治療が行えるようになっている。最近では大動脈解離に対してもステントグラフト治療が積極的に行われるようになり、治療体系が大きく変わりつつある。富山大学第1外科は「重症心不全の外科治療」、「複雑先天性心疾患の外科治療」、「あらゆる治療手段を駆使する血管外科治療」を行うことのできる全国屈指の心臓血管外科施設となった。令和9年には再び富山の地で第57回日本心臓血管外科学会学術総会が開催されることになっている。令和4年、長崎大学から土谷智史教授が着任し、「呼吸器外科グループ」は「呼吸器外科学講座」として独立した。ロボット手術が軌道に乗り、肺移植の基礎研究もスタートした。今後、大いなる飛躍が期待される。「人口減少」、「地域の偏在」と「診療科の偏在」が急速に進む中、富山大学外科学講座の置かれている状況は決して楽観できるものではない。学生教育、若手外科医の育成プログラムを充実させ。10年後、20年後も富山大学外科学講座が北陸地方の外科医療を支えていけるよう、次世代外科医の育成に力を注いでいきたいと考えている。(芳村直樹)81第2章 医学部・附属病院 外科学(呼吸・循環・総合外科)講座
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