平成18年度入学式 式辞(大学院)

平成18年度入学式風景(大学院)

式辞

本日、新しい富山大学の初めての大学院入学式の日を迎えることができました。皆さんはそれぞれの分野で一定の業績を積み、富山大学大学院の修士・博士課程に進学してこられました。まず、富山大学を代表して、皆さんにお祝いを申し上げます。ご入学おめでとうございます。

新富山大学大学院は、21世紀の地球的あるいは人類的な課題を視野に入れながら、同時に地域社会が直面する諸問題に立ち向かい、それらを解決できる創造的かつ実践的な能力を備えた専門的人材の育成を目指しています。そこで、本学の研究目標に関連して、私が近年考えてきたことの一端を紹介して、お祝いの言葉とします。

早いもので、21世紀に入って6年目を迎えました。私は昭和13年、つまり1938年生まれですので、少年時代から壮年期までの約50年間は、ちょうど20世紀の後半部分の50年間と重なっております。新世紀を迎えるに当たり、私は自分が生きた時代はどんな時代だったのかを知りたくなり、国内外の歴史家や政治、経済学者の記事や著作物を精力的に読んでみました。私は歴史学や政治学の専門家ではないので、大変僭越な言い方になりますが、結論を云うと、20世紀に対する納得できる見解は非常に少なかったような気がしました。同時に、長いスパンで物を見ることの難しさを痛感しました。つまり、この時点で過ぎ去りつつある20世紀を客観的に評価するのは至難の技であり、やはり、これは後世の歴史家の役目だと思いました。

ここで多くを語る余裕はありませんが、二人の識者の見解を紹介します。一人はハーバード大学教授であり、近年ノーベル経済学賞を受賞したインド出身のアマーティア・センです。彼は20世紀の政治と経済の関係に着目して、市場経済を十分に機能させるためには、民主主義の補完が不可欠だったと述べています。私たち日本人はつい20世紀の経済成長にのみ目が向き、政治面の変化は見逃し勝ちであります。また、今日の世界でも、政治改革抜きで経済発展を急ぐ国が多いことから、アマーティア・センの「20世紀観」は非常に新鮮に感じました。

もう一人は歴史学者のエリック・ホブズボームです。彼はドイツ語圏で育ち、イギリスで学びかつ教鞭をとり、また、自ら共産党員として、激動の20世紀を生き抜きました。彼の著作からは歴史的現場に立ち会った者でないと発揮できない鋭い洞察力と事実の重みが伝わってきました。同時に、20世紀を特色づける三つの出来事、つまり、二つの世界大戦とロシア革命、そして科学技術の進歩に焦点を絞ってみると、20世紀はヨーロッパ抜きでは語れないことも実感しました。

ホブズボームの著作は膨大であり、ここでも結論のみを述べます。彼は20世紀後半、特に1970年以降に急進展した「経済の巨大化」は社会構造の崩壊をもたらしていると指摘しています。特に、政治システムが疲労し、伝統的な社会関係・人間関係が解体に向かっていると警告し、世代間を結ぶ社会的装置が不可欠だと述べています。

冒頭で、私は富山大学大学院の研究方向として、21世紀の地球的・人類的な課題を視野に入れながら、同時に地域社会が直面する諸問題に立ち向かうと述べました。つまり、皆さんや私たち研究者は、21世紀社会の再構築と新しい人間関係の構築を迫られています。とは云うものの、現実の社会では、少子高齢化、核家族化、世代間の断絶、凶悪犯罪の多発などの社会的リスクが高まり、比較的安定していた地域コミュニティが揺れ動いており、その本質の見えない状況にあります。したがって、個々の社会現象は一過性のものなのか、あるいは歴史学者ホブズボームが指摘するような社会構造崩壊の兆しなのかを、私たち研究者自身が検証し続け、課題そのものを明確に把握する必要があります。

フランス思想史の研究者である坂本慶一氏は、伝統的な社会関係や人間関係が解体に向かう原因のひとつとして、学問分野における細分化傾向を挙げています。つまり、近代科学は専門化・細分化・単純化の道を歩んでおり、そのことが近代科学発展の原動力になり、さらに研究者を細分化に駆り立てている。近代科学は細分化・専門化された膨大な知識の集積によって成立し、このために一人の研究者の知識をもってしては、その関連分野はもとより、その専門分野の全貌も把握できなくなっている、と指摘しています。現代社会の研究ではますます全体を把握することが重要になっています。

これから本学大学院で研究を進める皆さんは、自分の専門を大事にしながら、専門は全体の一部分に過ぎないことを自覚し、狭い専門領域におぼれることなく積極的に他分野に関心を抱いて欲しいと思います。特に、自然科学分野の研究に従事する皆さんには政治、経済、芸術文化の分野に対して、人文社会科学分野の研究を目指す方は自然科学分野に関心を抱いて欲しいと思います。そのためには自分自身が日常的に経験している生活世界を大事にし、常に自分の立っている場所を確認してほしいと思います。幸い、本学は10部局という多様な教育研究資源を持っています。大学院における異分野の院生、教員との交流を深めて、21世紀社会に素晴らしい研究成果を届けてください。皆さんの研究の大成を祈ります。

平成18年4月7日
富山大学長 西頭 德三