平成19年度9月期 学位記授与式 告辞

平成19年度9月 学位記授与式風景

学長告示

皆さん、ご卒業、大学院修了、そして論文博士の取得、大変おめでとうございます。また、ご指導された先生方、そしてご家族のみなさんにも、心からお喜び申し上げます。皆さんの門出に当たり、若干、私の経験を省み紹介して、お祝いの言葉にしたいと思います。

今から約17年前、大多数の皆さんが小学校入学前後の頃、わが国はバブル崩壊を経験しました。その後の経済不況はよく「失われた10年」と云われております。最近ようやく経済が少し上向いてきておりますが、当時の私の経験についていくつか申し上げます。私のゼミの学生の就職が急速に難しくなりました。それまでは大手企業の人事部長が直接、「是非、学生をわが社に」と来室されていましたが、このバブル崩壊でデフレ経済がまると、それがピタリと止みました。当時は、日本人全体といった方がよいのでしょうが、どこに行っても「ダメだ、もうダメだ」と嘆きのみで、心が萎縮してしまっていたことを覚えております。

それまでは高度経済成長に浮かれて、その果実を甘受していました。ところが、突然そのバブル経済が崩壊して、政府も含めてわが国は「新しい処方箋」が書けませんでした。この時、私は人間一度成功体験を持つとなかなかそれを忘れられないことを実体験いたしました。

4、5年すると、日本政府は日本が生きていくためには「科学技術の振興」しかないということで、平成7年(1995年)に『科学技術基本法』を制定しました。つまり、日本は資源がないので、「知」の開発・創造で生き抜こうと考え、それを推進するための法律を制定したわけです。そして平成8年(1996年)から5年間を第1期基本計画として、17兆円のお金を科学技術分野に投資しました。その後の5年間を第2期として24兆円、合計41兆円を投資しました。そして、第3期基本計画は昨年の平成18年から始まり今年は2年目に入っております。今期は25兆円を投資するとしています。年間の平均投資額は、わが国のGDP(国内総生産)の約1%に相当し、この投資の結果、GDPを3.1%上昇させると試算されています。

現在、第3期基本計画の最中ですが、第3期の重点目標は「イノベーション」です。ここには経済学部の卒業の方もいらっしゃいますので、ご存知と思いますが、これはこれまでの「物」に対してではなく、「人」にお金を投資して「技術革新」を実現するという方向です。

そこで私がここで申し上げたいことは、本日卒業される皆さんはわが国の政策、とくに科学技術政策の方向と具体的な投資の場面がこのような状況にあることを明確に認識して欲しいということです。わが国の研究環境を包括的に捉えて欲しいということです。本日、学部、大学院そして論文博士を授与された方、47名に学位記をお渡しいたしました。留学生の方も含めて皆さんはこういう時期にあって、大いに自分のもてる力を最大限に発揮していただきたい。富山大学で学んだことを社会で大いに活用していただきたいと思います。

申し上げたいことの二つ目は皆さんに「統合的・長期的な視点」を持っていただきたいということです。「イノベーション」という言葉はごく普通には「技術革新」と訳されていますが、これはシュンペーターという経済学者の言葉です。この方はドイツで生まれ活躍されていましたが、第二次世界大戦後アメリカのハーバード大学へ移り、『経済発展の理論』という本を書いています。40年ほど前、私は大学院時代に夏、冷房のない暗い屋で、この分厚い難解な本を読み、なかなか理解できなかった記憶があります。「イノベーション」はこの経済書の中心的概念ですが、一般に理解されている以上に色々な意味が含まれています。まず、「技術革新」というと、びっくりするような技術を開発して、それで世の中を変えるという理解が多いようです。シュンペーターの提唱しているのは、例えば、新機能を搭載した自動車を作り市場に投入する等の面も当然あります。しかし、彼が言いたかったのは狭義の技術開発のみならず、同時に新しい市場や新しい組織を作り上げるという広義な意味を含んでいます。この本は東畑精一先生や中山伊知郎先生が翻訳したものが、現在も本屋で販売されていますので、読んでいただきたいと思います。

20世紀の科学技術は非常に細分化され専門化された形で進展してきました。このこと自体は科学技術進歩の原動力となったのです。恐らく皆さんの研究というのは相当狭い限られた範囲で深くやられたと思います。そうなるとそこに埋没してしまい隣の研究者が何をやっているのか、現実の社会生活や人類の幸せとの関わりが見えなくなる恐れもあるのです。よく引用される事例に、原子力のという画期的な技術開発が原爆となり大量殺戮に結びついたケースもあります。そこで、皆さんはシュンペーターの云う「イノベーション」の正しい意味を理解していただき、幅広い視点で隣の研究者や歴史的、社会的な位置づけを斟酌しながら研究を進めていただきたいと思います。

皆さんが卒業される富山大学は2年前に富山大学、富山医科薬科大学、そして高岡短期大学という3つの大学が統合して新しい富山大学になりました。本学には8学部あり、和漢医薬学総合研究所というユニークなオンリーワンの研究所と附属病院も含めますと、10部局という非常に大きな教育研究組織になりました。現在、富山大学は今申し上げたような広い意味での、新しい「知」を産み出したいと、教育研究組織を改革する目的で議論が始まっております。まだ時間がかかると思いますが、「知」の時代に生きる新しく強靭な富山大学を作りたいと思っておりますので、皆さんも是非母校のためにご助力とご支援をしていただきたいと思っております。皆さんの社会での、あるいは大学院でのご活躍をお祈りして、私の門出のお祝いの言葉といたします。本日は大変おめでとうございます。

平成19年9月28日
富山大学長 西頭 德三