平成20年度10月期 入学式 式辞

平成20年度10月入学式風景

式辞

本日、富山大学は、平成20年度秋季入学式を挙行することができました。この入学式には、修士課程5名、博士課程7名、合計12名の大学院進学者を迎えております。富山大学を代表して、皆さんに心よりお祝い申し上げます。

奇しくも本日の入学者全員が修士課程及び博士課程に進まれることを知り、私は、40年前の大学院入学時やその後の研究のことを想い出したので、私事ながらその推移を紹介します。私の専門分野は社会科学の経済学です。本日の進学者全員の専門分野は、自然科学の医薬理工系ですが、研究対象は社会現象と自然現象の違いがありますが、研究方法は基本的に異ならないと思います。

入学当時の大学院では、「一に文献探し」「二に文献探し」「文献集めが研究の第一歩」と、厳しく教えられました。つまり、社会科学では研究の積み重ねが大変重要であり、私の研究テーマに関する先行研究を徹底的に調べろということです。

私は、まず図書館で「経済学文献目録」を借り出して、時期的には大正末期から昭和初期頃まで遡り、私のテーマに関わる論文や書籍を探しました。このような古い文献にまで遡るのは、自然科学の文献検索と大きく異なる点かも知れません。
私は関連すると思われる文献を発見すると、次に、その論文や著書を借り出して、市販され始めたコピー機で複写を取りました。集めることのできた論文数は500本ほどだったでしょうか。それから、ノートを右手に置き、これらの文献を読み始めました。

ところが、どの文献にも、私が求める内容はほとんど書かれていないことに気づきました。このように云うと、直ちに、「新知見」を発見するのが研究の目的だから、何も書いてなくて当然という反論が出てくるでしょう。しかし、私がこの時気づいたのは、新知見はもとより、私の求めるような研究内容が何も書かれていなかったということです。
やがて、私は何も書かれていないのではなく、書くことができないことが分かってきました。つまり、いかなる先学者が万巻の書物を著したとしても、万人の求めることを書き尽くせない。論文や書物に書かれているのは、その執筆者の見解の一部に過ぎないということです。このことは、当時の私にとって大変な驚きでした。私が取り組みたいテーマについて、類似の研究結果や分析手法を示唆する文献が必ずあると思い込んでいたからです。
となると、解決方法をどこに求めたらよいか。研究室を出て、問題が起きていそうな現場で探すことにしました。現場でもまた、私の求めるような経済現象が存在しないことが分かりました。
試行錯誤するうちに、研究課題と研究目的を明確にして、現場で起きている複雑な経済現象の中から、自らデータを収集する以外にないと思うようになりました。同時に、研究目的の異なる「既存データ」や「官庁データ」は使えないこともわかりました。

こうして、私の博士論文が完成するまでには約8年間がかかりました。ところが、博士の学位を得たものの、「理論的枠組の曖昧さ」と「実証分析の不足」が否めません。要するに、社会科学の学術論文としては、「体系化」が不十分だということです。一般に言われるような、社会科学の一人ひとりの研究者は独自の小宇宙を描き出さねばならない、ということにならないのです。

私は原点に戻ることにしました。研究室の学生と院生、同僚、先輩、全国各地の現場の人々と議論を繰り返しながら、論文の理論的補強と追加的な実証データの収集・分析を続けました。やがて、論文の出版を決意して本屋に原稿を持ち込むと、巨額な出版コストがかかると云われました。科学研究費の刊行助成金交付を申請しましたが、一年目は不採択。博士論文の刊行まで、さらに9年間を要しました。結局通算すると、約20年間の歳月と数え切れない人々の労力の提供、そして多額の研究費の支援を受けたことになります。
ところが、出版社からインクの匂いのする自著が送られてきたとき、感激の気持ちが湧きませんでした。反対に、「この章はこう書けばよかった」「今からでも書き直したい」という自責の念に苛まされたのです。かつて恩師が、「本を書くことは恥をかくことだ」と言われたのを想いだしたりもしました。現在もこの時の気持ちは変わっていません。

本日、私の個人的な体験をお話ししたのは、これから本格的に研究を始める皆さんに対して、参考になる部分があるかも知れないと思ったからです。私は敢えて三つのことを述べたいと思います。
第一に、あなた自身の雄大な研究テーマを見つけ出してください。その研究成果が人々の夢の実現に結びつくような課題に挑戦してください。第二に、研究を進展させるには議論が不可欠です。後輩の学生や院生仲間、そして教員や門外漢である人たちとも密接なコミュニケーションを持ってください。そして第三に、恐らく自分の研究成果には満足感は湧かないでしょう。研究成果が新知見に近ければ近いほど、新たな課題が沸き起こってきます。研究には終わりはないのです。

本日の入学式が皆さんの素晴らしい研究生活のスタートになることを祈念して、お祝いの言葉といたします。あらためてお祝い申し上げます。

平成20年10月1日
富山大学長 西頭 德三