平成22年度入学式 式辞

平成22年度入学式

式辞

三月には春の嵐ともいえる天候が続きましたが、ようやく陽(ひ)の光が溢れるようになりました。富山平野の桜は満開です。
本日、平成22年度入学式において、学部入学生、編入生、大学院入学生の総勢2,471名の皆さんを富山大学に迎えることができました。まず、富山大学を代表して、皆さんに心よりお祝いを申し上げます。入学おめでとう。また、ご多忙の中をご臨席賜りました小野寛経営協議会委員、北野芳則同窓会連合会会長をはじめご来賓各位に厚くお礼を申し上げます。ご家族の皆様にもお祝い申し上げます。
学部入学生の皆さんは、長い受験勉強と厳しい入学試験を経て、いま口では言い表せないほどの達成感や開放感に浸っていることでしょう。大学院に進学された皆さんは、卒業論文を取り纏め、次のテーマに取り組む狭間にあって、一息ついていることでしょう。

そこで私は、入学式という希望に満ちた、皆さんの出発点に臨んで、また大学と社会が共に著しく変化する真っ只中にあって、中長期的な視点から皆さんに大学で是非心掛けて欲しいことを述べたいと思います。
入学されたばかりの皆さんは、大学についてはあまりご存じないと思いますので、はじめに大学の歴史と現在の状況について述べます。日本の大学の歴史には三つの転換点があったと思っています。

その第一は、1877年、明治10年の日本初の総合大学・東京大学の創設です。創設の理念は大変明快で、その第Ⅰに、「大学は国家の期待に応え学術技芸を学ぶところ」が掲げられました。当時の国家的な課題は、明治政府の富国強兵策のもと、西洋の先進科学技術をいかに効率よく輸入するかにありました。そのため、驚くほどの高給で、お雇い外国人教師が招聘されました。ちなみに、富山大学はラフカディオ・ハーンの蔵書2千5百冊を所蔵していますが、彼もその1人です。つまり大学は国家的な課題を担うことの出来るごく少数のエリート養成機関としてスタートしたのです。

第二の転換点は、東大設置から約70年後の太平洋戦争敗戦時に起きました。この時期の国家的な課題は、国土の壊滅的破壊からの復興とそれを担える多数の人材育成にありました。1949年、昭和24年、アメリカの小学校6年間・中学校3年間・高校3年間・大学4年間という教育制度が導入され、各県毎に新制国立大学が設置されました。富山大学もこの年に文理学部、教育学部、薬学部、工学部の4学部からなる新制総合大学として船出しました。つまり大学の門戸が地方に住む多数の若者たちにも開かれ、大学が地域と結びつく大きな契機となったのです。

第三の転換点は今から6年前の2004年、平成16年4月の国立大学の法人化です。この改革は全国の国立大学を国の直接管理から分離して、一法人として独立させるものです。大学の運営面では独立性が高まったものの、財政面では国から一定の予算しか支給されず、不足分は個々の大学が自ら確保しなくてはならなくなったのです。その意味では、いま大学は大きな経済問題に直面しているのです。
第三の転換期に、富山大学は全国で初めて県内にあった三つの国立大学を統合して新しい大学に生まれ変わりました。つまり本学は短期間に「法人化」と「新大学の発足」という二つの改革を成し遂げました。

わが国の大学はこのような三つの転換点を経て発展してきたのです。この発展のプロセスは様々に解釈できます。私は大学が科学的な知識を独占していた明治前期から、次第にその独占が崩れて、知識が広く社会全体に拡散し浸透していく過程と捉えています。言いかえますと、大学は研究者と学生からなる閉鎖的な組織体、これを象牙の塔ともいわれていますが、この閉じた組織体から、大学は社会と経済的・人的・組織的に密接に連関し合いながら活動する複合的な組織体に変化したと理解しています。大学の法人化もこのプロセスの一環ともいえます。

皆さんは「産学官連携」という言葉を聴いたことがあるでしょう。これは産業界と大学、そして政府機関が密接に連携し合って社会を発展させようという意味です。近頃は、銀行など金融機関を含めて、「産学官金連携」と呼ぶようになりました。私はこの変化を、「キャンパスの社会化」と呼んできました。 ごく最近、内閣府が行った調査結果が大学をめぐる社会の変化を如実に示しています。「国際競争力を高めるためには科学技術を発展させる必要があるか」、「社会の新たな問題はさらなる科学技術の発展により解決されるか」という二つの質問に対して、75%以上の人々が「そう思う」と応えているからです。この背景には、世界同時不況への不安や東アジア諸国との競争激化への焦燥感などがあります。とはいうものの、私は8割近い一般の人々が科学技術の重要性に気づき、大学に「知の拠点」としての本来的な役割を果たすよう求め、大きな期待を寄せている、と読み取っています。

本日入学された皆さんにとっては、富山大学は社会に出る前の「最後の教育の場」です。結論を言います。学部や大学院では、知的創造とは何かを常に凝視して研究論文に取り組んで下さい。このことは私の40年間に亘って学生を指導したことの結論です。

ここで、知的創造とは何かについて、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』から、抽象的な表現で、しかも若干長くなりますが引用してみましよう。「学問に生きる者は、自己の専門に閉じこもることによってのみ、自分の仕事を達成したという、生涯に二度と味われぬような深い喜びを感じることができる。それゆえ、自ら目かくしをし、全身を打ち込んで、たとえばある写本のある箇所の正しい解釈を得るのに夢中になりえないような人は、学問には縁遠い人である。他人にはばかげているというようなことに熱中できないような人は、学問には向かない。そういう人は何かほかのことをやったほうがよい。いやしくも人間として自覚ある者にとって、情熱なしになしうるすべては無価値である。情熱は霊感を生みだす地盤であり、そして霊感は学者にとって決定的なものである。霊感は机に向かって探求に余念ないようなときにではなく、それを期待していないときに突如として現れるものである。とはいえ、こうした探求を怠っているときや、何かに熱中していないような時には出てこない。それは、精出して仕事をしているときにかぎって現れる。このことは何も学者だけの問題でない。独創的な思いつきに乏しい人は、実業家になっても何か独創的な新機軸を出すことはまずない。」

皆さんは全て研究者になるわけではありませんが、現実社会の問題にも答えがありません。その答えは皆さん一人ひとりが情熱をもって問題に取り組むことによってのみ、答えが得られるのです。その意味では、科学技術が著しく発展し、広く社会に浸透し、人々が密接に連携し合うことで発展が可能な社会では、全ての人々が「研究者的な視点」をもつことが求められるのではないでしょうか。

皆さんの大学生活が豊かなものであることを祈念して式辞とします。改めて入学おめでとうございます。

平成22年4月8日
富山大学長 西頭 德三