TOPICS

家族性キゴキブリの繁殖戦略を解明 真社会性昆虫が辿った進化の道筋を照らす

ポイント

  • シロアリに最も近縁で,一夫一妻を基本とする家族性キゴキブリを対象とした遺伝解析により,オス親の子供ではない個体が家族の中に多数存在することを示しました。
  • オス成虫は,ペア形成後にメス成虫と繰り返し交尾することで,自分自身の子供を増やす戦略をとっていることを明らかにしました。
  • 家族内の父性が単一ではない社会構造(「社会的な一夫一妻」)は,シロアリの高度な社会性進化の前提条件だった可能性があります。

概要

富山大学学術研究部理学系の前川清人准教授,日本学術振興会特別研究員の矢口甫博士(元富山大学理工学教育部大学院生,現関西学院大学理工学部),東京大学理学系研究科大学院生の小林格氏(元富山大学理学部学生),ノースカロライナ州立大学のC. A. Nalepa博士らの国際研究グループは,家族性キゴキブリ(Cryptocercus punctulatus)における繁殖戦略を明らかにしました。キゴキブリ属は,代表的な社会性昆虫であるシロアリに最も近い現生の昆虫で,高度な社会性の進化の軌跡をたどる上で重要な分類群です。アリやハチなどの社会性昆虫の進化には,厳密な一夫一妻制の社会形態が先に必要だったと考えられていますが,社会性をもたない近縁の昆虫の繁殖生態はよく分かっていませんでした。研究グループは,キゴキブリもシロアリと同様に,厳密な一夫一妻制の社会形態をもっているのかを明らかにするために,マイクロサテライト領域の配列多型を元に親子判定を行いました。その結果,朽木に作られた巣内で,雌雄ペアとその子供からなる家族の中には,かなりの頻度でペア雄の子供ではない個体が混じっている場合があることを突き止めました。さらに,オスの繁殖戦略を調べるために,産卵前にオスの交尾器を切除したり,オスを人為的に入れ替えて,その後に生産された子虫の遺伝解析を行いました。その結果,オスは同居するペア相手のメスと繰り返し交尾することで,自分自身の子供を増やす戦略をとっていることがわかりました。本研究で明らかになった社会形態は,シロアリをはじめとする動物の,社会性進化における前提条件だったのかもしれません。本研究の成果は,2021年9月20日に国際科学雑誌「Molecular Ecology」に掲載されました。

発表論文

  • “Extra-pair paternity in the wood-feeding cockroach Cryptocercus punctulatus Scudder: Social but not genetic monogamy.”
  • Molecular Ecology, https://doi.org/10.1111/mec.16185
  • 矢口甫1,2, 小林格3,4, 前川清人5*, Christine A. Nalepa6

責任著者

  • 1富山大学大学院理工学教育部
  • 2関西学院大学理工学部
  • 3富山大学理学部
  • 4東京大学理学系研究科
  • 5富山大学学術研究部理学系
  • 6Department of Entomology and Plant Pathology, North Carolina State University

研究の背景

動物は,多様な生活史戦略をとってます。その中には,血縁者からなる個体がコロニーを形成し,繁殖する個体と労働する個体が明確に分かれている社会(真社会性とよばれる)をもつグループが存在します。アリやハチ,シロアリは真社会性動物の代表例ですが,この社会性は,アブラムシやテッポウエビ,ハダカモグラネズミなど,様々な動物群に見ることができます。では一体,繁殖をせずに専ら労働ばかりする個体がいる真社会性は,なぜ進化することができたのでしょうか。

2008年にHughesらは,ハチ目昆虫における繁殖様式(女王の交尾回数)の進化を調べ,真社会性を獲得したアリやハチの祖先種は,全て厳密な一夫一妻制(メス親による単一のオス親との一回交尾)である可能性を示しました(Hughes et al. 2008 Science)。しかし,全てのハチ目昆虫が真社会性を持っているわけではなく,異なる生活史をもつ種も多数存在しています。この先行研究では,真社会性のアリ・ハチのみを解析対象としていたため,社会性を持たない近縁種が厳密な一夫一妻制を保持しているのかはわかっていません。真社会性を促した要因を探るには,姉妹群(注目するグループに最も近縁な生物)の生活史に関する情報が必要不可欠となります。

そこで私たちは,北米と東アジアに分布するキゴキブリ属(Cryptocercus)に着目しました。キゴキブリ属は,卵生のゴキブリでは唯一,両親が子の世話をするという特徴をもちます。また,様々なデータを用いた系統学的な解析から,シロアリの姉妹群であることが確定しており,シロアリの社会性の基本となる家族構成(雌雄ペアとその子供)を示します(図1)。その一方で,キゴキブリ属の家族には,労働が専門の不妊個体(シロアリにおける兵隊など)は存在しません。現生の全てのシロアリが真社会性をもつことを踏まえると,姉妹群のキゴキブリ属もまた,厳密な一夫一妻制をもっているのでしょうか。

図1.キゴキブリとシロアリの系統関係。キゴキブリ科(キゴキブリ属のみ含む)は,シロアリに最も近縁な現生の昆虫である。写真は,キゴキブリCryptocercus punctulatusの成虫ペア(上)とネバダオオシロアリZootermopsis nevadensisの女王と王(下)。

研究の内容

私たちの日常生活で目にするゴキブリの種類はごくわすかであり,そのほとんどは人の目にふれない環境でひっそりと暮らしています。キゴキブリ属は,北米と東アジアの比較的標高の高い森林の,林床にある腐朽した材を住居とし,その材木を食べながら長期にわたり家族で生活しています(図2)。成虫ペアは朽木の中にトンネルを掘って巣を作り(図3A),成虫になってから2年目の夏に生涯で一度だけの産卵(1ペア辺り数個の卵鞘を生産する,図3B)をした後,一夫一妻の雌雄ペアと子供(1家族あたり平均約20個体)を基本とした家族を形成します(図2)。両親による子供への給餌や保育行動は,その後の数年間続きます。彼らの家族生活は,閉鎖的な腐朽木の中で営まれるため,行動観察だけで繁殖様式の詳細を把握することは困難です。このような場合に,DNAの遺伝情報を用いた血縁構造解析は,有効なアプローチになります。本研究では,各個体からDNAを抽出し,マイクロサテライト領域(ゲノム上に散在する反復配列)をPCR法で増幅して,遺伝子型を解析することによる親子判定を実施しました。

図2. 予想される本種の生活史。成虫になってから越冬し,次の夏から秋までにペアを形成する。成虫になって2年目の夏に生涯で一度だけの産卵をし,その後の数年間にわたり両親が子供の世話を続ける。本研究により,両親と子供からなる家族の中に,ペアオス(赤)ではなくペア外オス(青)の子供が混じっていることが示された。ペア外交尾の正確なタイミングは不明であるが,ペア形成の時期(成虫になった翌年の夏から秋)の可能性がある。

図3. キゴキブリの巣とフィールドに設置した隔離ボックス。(A) キゴキブリの腐朽木内の巣構造の模式図。材の中に多数のトンネルを掘り,木材を食べて生活する。大きな腐朽木には,複数の家族が同時に巣をつくる場合がある。その際には,木屑などが詰め込まれた防壁がトンネルに形成される(Nalepa 1984 Behav Ecol Sociobiol, Fig. 1を元に作図)。(B) トンネル内に産み付けられた3つの卵鞘(矢じり)と,左下の卵鞘から孵化したばかりの1齢の子供(矢印)。(C) 採集時のエラーを防ぐための隔離ボックスを設置したところ。座っているのは,共著者(C. A. Nalepa)の愛犬ゴールデンレトリバーのGracie。

① ペア外交尾の可能性の検証

野外から家族を採集し,各個体の遺伝解析を行ったところ,対立遺伝子(染色体上の同じ場所にあって,異なる配列をもつ遺伝子のこと)がオス親のものではない子供がいくつか混じっていることが分かりました。採集時のエラーの可能性を排除するために,雌雄ペアを産卵前に隔離ボックス(図3C)で飼育し,生まれた子供の遺伝解析を行いました。その結果,27-77 %の個体が,同居するオス親とは別のオスの子供であることが判明しました(図4)。さらに,野外で採集した成虫ペアのメスの受精嚢(精子を蓄える器官)から抽出したDNAの遺伝解析を行いました。その結果,約半数のメス(18/35個体)の受精嚢からは,同居するペアのオスとは異なる対立遺伝子が検出されました。これらの結果から,多くのメス成虫は,ペアを形成する前に少なくとも1個体以上のオスと交尾を済ませていることが示唆されました。

図4. 雌雄ペアの隔離飼育後に生まれた子供の親子判定の結果。解析に用いた4家族のそれぞれについて,雌雄ペアの対立遺伝子を共有していた子供の割合(淡灰色)と共有していなかった子供の割合(濃灰色)を示している。家族のIDの下に示すカッコ内の数字は,解析した子供の個体数である。グラフ中の各数字は,家族内の子供に対する割合(%)を示している。

② オス成虫による繰り返し交尾の検証

①の結果より,同居するオス親とは異なるオス由来の子供が,巣内に存在することが分かりました。つまりオスは,他のオスの子供を育児する場合があることになります。ではオスは,はたして自分の子供を増やす戦略をもっているのでしょうか。そこで,野外から採集した雌雄ペアを用いて,オスの外部交尾器を外科的に切除した処理群と,後脚の一部を切除した対照群を作製しました。それぞれを隔離ボックスで飼育し,翌年の夏に生まれた子供の遺伝解析を行いました。その結果,処理群のオス由来の子供の割合は,対照群よりも少なくなることが分かりました。さらに,未交尾のメス成虫とオス成虫(#1)をペア形成させ,越冬後に別のオス成虫(#2)と入れ替えて隔離ボックスで飼育し,夏に生まれた子供の遺伝解析を行いました。その結果,全体的に#1オスより#2オスの子供の方が多いことが分かりました(図5)。以上の結果から,オスはメスと繰り返し交尾することで,自分の子供を増やすことができることが示されました。さらに,後で交尾したオス(少なくとも越冬後から産卵まで)の方が,先に交尾したオスより有利であることも分かりました。

図5. オス成虫を入れ替えた後に生まれた子供の親子判定の結果。解析に用いた7家族のそれぞれについて,#1オス(淡灰色)と#2オス(濃灰色)の子供であると判定された個体の割合を示している。家族のIDの下に示すカッコ内の数字は,解析した子供の個体数である。グラフ中の各数字は,家族内の子供に対する割合(%)を示している。

今後の展望

北米産キゴキブリの家族内の遺伝構造を解析することで,本種の社会形態が明らかになりました。すなわち,雌雄ペアとその子供たちからなる,遺伝的に厳密な一夫一妻制の家族ではなく,メスが複数のオスと交尾することで,家族内の父性が単一ではない家族(「社会的な一夫一妻制」)であることが明らかになりました(図2)。したがって,厳密な一夫一妻制は,キゴキブリの祖先と分かれた後,シロアリの祖先群で獲得された社会形態なのかもしれません。もしくは,シロアリの社会性進化には必要なかったのかもしれません。いずれの進化史が妥当であるかは現時点で結論づけられませんが,社会的な一夫一妻制が真社会性の進化を促した前提条件であったのかは,テストされるべき重要な仮説だと考えられます。今後,キゴキブリにおけるペア外交尾を促す生態的な要因を明らかにし,シロアリで見られる厳密な一夫一妻制の繁殖戦略と比較することで,仮説の妥当性を検証することが期待されます。

本研究の実施にあたり、科学研究費補助金(KAKENHI JP16K07511, JP19H03273)の支援を受けました。

資料

プレスリリース[PDF, 1,623KB]