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経時的に変化するソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が産後2.5年時の母親の身体的および精神的健康に与える効果の推定:エコチル調査

  • この研究成果は医学系専門誌「Journal of Epidemiology」に2021年8月7日にオンライン掲載されました。
  • 本研究は環境省の子どもの健康と環境に関する全国調査に係る予算を使用し行いました。
    論文に示した見解は著者自らのものであり、環境省の見解ではありません。

ポイント

富山大学学術研究部医学系公衆衛生学講座の松村健太講師らのグループは、妊娠中に存在していた母親に対するソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が産後になくなってしまうと、特に精神面で母親の健康状態が悪化することを、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」で明らかにしました。この研究結果は、産後の母親に対して、妊娠中だけで終わらない周囲からの継続的なサポートが必要であることを示しています。

概要

  • 妊娠中と産後2.5年時のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が、産後2.5年時の母親の身体的健康および精神的健康に与える影響を、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のデータを用いて検証しました。
  • 妊娠中と産後2.5年時にソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が存在する状態を基準とし、身体的健康および精神的健康に関する得点の効果推定値を算出した結果、精神的健康に関する得点は、Q4:「親しい友人や隣人」が産後2.5年時のみ存在しない場合に6.23点(双方で存在しない場合は3.98点)、Q2:「精神的な支えとなる人」が産後2.5年時のみ存在しない場合に4.94点(双方で存在しない場合は4.85点)、それぞれ低くなりました。
  • 同じく、Q9:「人は自己中心的である」と産後2.5年時のみ考えていた場合に3.64点(双方でそう考えていた場合は3.82点)、Q5:「近隣住民はお互いに信頼していない」と産後2.5年時のみ考えていた場合に1.84点(双方でそう考えていた場合は1.91点)、それぞれ低くなりました。
  • 一方で、身体的健康に関する得点はほとんど影響を受けませんでした。
  • 本研究の結果は、産後の母親にも継続的なソーシャルサポートを提供することの重要性を示唆しています。

研究の背景

周産期から産後にかけての女性は、疲労感や痛み、抑うつ症状、不安感など、健康上の問題を抱えやすくなり、この不調は産後数年に及びます。出産前後のこのような体調不良に影響を及ぼす要因の一つに、ソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感の欠如があると考えられてきました。実際、これまでの研究でも、妊娠中のソーシャルサポートが産後数ヶ月間だけではなく数年間にわたり、母親の身体的健康および精神的健康の維持に有効に作用することが明らかになっています。

しかし、長引く母親の体調不良をふまえた、複数の時点におけるソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感の影響については、十分な研究がありませんでした。 こうした中、我々は、2020年、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のデータを用いて、妊娠中のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が豊かであると、特に精神面で母親の健康状態が良好になることを明らかにしてきました(Morozumi et al., 2020, BMC Childbirth and Pregnancy, 20, 450)。

この先行研究をうけ、本研究では調査時点を追加し、妊娠中と産後2.5年時のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が、産後2.5年時の母親の身体的健康および精神的健康に及ぼす影響を調べました。

研究の内容・成果

90,071人の母親を対象とした妊娠中と産後2.5年時に実施した質問票調査を解析しました。母親の身体的健康状態および精神的健康状態は健康関連QOL尺度(SF–8)から数値化し、ソーシャルサポートおよび地域住民と人に対する信頼感の有無は次のような項目で質問し判定しました。

ソーシャルサポートに関しては、Q4:「親しい友人や隣人」、Q2:「精神的な支えとなる人」の有無を尋ねました。地域住民と人に対する信頼感に関しては、Q9:「人は自己中心的である」と考えているか、Q5:「近隣住民はお互いに信頼していない」と考えているかを尋ねました。その上で、妊娠中と産後2.5年時の双方でソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が存在する場合を基準とし、二時点のいずれか、または双方で、ソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が存在しない場合とを比べました。解析では、周辺構造モデルを用い、「もしソーシャルサポートがなかったらどうなっていたのか?」 という反事実仮定に基づく因果推論を行い、その効果を推定しました。

結果として、ソーシャルサポートが妊娠中と産後2.5年時の双方で存在する場合に比べ、(A)妊娠中のみ存在しない場合・(B)産後2.5年時のみ存在しない場合・(C)双方で存在しない場合のいずれも、精神的健康に関する得点が低くなりました。(Q4:「親しい友人や隣人」:(A)-2.43点・(B)-6.23点・(C)-3.98点/Q2:「精神的な支えとなる人」:(A)-0.98点・(B)-4.94点・(C)-4.85点)。

同じく、地域住民や人に対する信頼感が存在しないと(A)妊娠中のみ考えていた場合・(B)産後2.5年時のみ考えていた場合・(C)双方で考えていた場合のいずれも、精神的健康に関する得点が低くなりました。(Q9:「人は自己中心的である」:(A)-1.73点・(B)-3.64点・(C)-3.82点/Q5:「近隣住民はお互いに信頼していない」:(A)-0.77点・(B)-1.84点・(C)-1.91点)。

ソーシャルサポート、地域住民や人に対する信頼感のいずれについても、特に(B)の産後2.5年時のみ存在しない場合に値の低下が顕著に見られました。

一方、身体的健康に関する得点はどの質問項目や時点においても、ソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感の欠如による大きな影響が見られませんでした。また、全体的に妊娠中は身体的健康状態の方が悪く、産後2.5年時は精神的健康状態の方が悪い傾向にありました。

 

 

図.妊娠中と産後2.5年時のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感と、母親の身体的健康得点および精神的健康得点の関係

垂直バーは95%信頼区間

これらの結果から、産後のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感が、特に精神的な健康状態を良好に保つために重要であると、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」で明らかになりました。このことは、産後の母親に対し、数年にわたって継続的にサポートし続けることの重要性を示しています。

今後の展開

本研究は、次の観点からさらなる研究が望まれます。第一に、健康状態の評価を自己回答の質問票のみに頼っている点です。第二に、近年のテクノロジー発展に即したコミュニケーション方法を確認していない点です。母親のソーシャルサポートおよび地域住民や人に対する信頼感を得る手段として、電話やSNS、インターネットなどを利用しているか、こうしたメディアを介するコミュニケーションは対面式と同じ効果が得られるのか、という疑問が残ります。第三に、本研究では愛情や好意といった感情的なソーシャルサポートを測定しましたが、道具的、情報的など別の種類のソーシャルサポートについても測定すべき点と考えられます。

そして、産後2.5年以降も追跡調査をし、産後の母親に継続してソーシャルサポートを提供することの重要性が周知されて、母親の健康状態を長期的に把握しサポートする仕組み作りにつながることが期待されます。

論文詳細

論文名

Effect estimate of time-varying social support and trust on the physical and mental health of mothers at 2.5 years postpartum: The Japan Environment and Children’s Study (JECS)

著者

松村健太・両角良子・浜崎景・𡈽田暁子・稲寺秀邦・JECSグループ

掲載誌

Journal of Epidemiology(2021年8月7日オンライン掲載)

用語解説

健康関連QOL尺度(SF–8)

健康関連QOL とは、個人が主観的に評価する自身の健康状態(=健康感)のことであり、生活の質(QOL: quality of life)に大きく影響を与える要因の1つです。本研究で用いたSF-8 は、この「健康感」を測定するための質問票です。「心」と「からだ」それぞれ4つずつから成る計8 つの質問に対し、「最高に良い/とても良い/良い/あまり良くない/良くない/全然よくない」といった5つないしは6つの選択肢から自分の状態を回答し、回答から「心」と「からだ」それぞれの得点を算出します。平均的なの健康度の人が50点になるように得点調整されており(より具体的には、偏差値として表されています)、健康だと感じている人ほど高い得点になります。

ソーシャルサポート

社会において人と人のつながりの中から得られる精神的・物質的支援のことであり、具体的には、親しい人からの感情的サポート(例:辛い時に励ましてくれる、愚痴を聞いてくれる)、道具的サポート(例:お金をくれる、直接力を貸してくれる)、情報的サポート(例:問題解決へのアドバイスをくれる、良い解決法を教えてくれる)、等に細分化できます。今回、使用したソーシャルサポートの質問項目は、感情的サポートであり、Q4:「親しい友人や隣人」、Q2:「精神的な支えとなる人」といった項目の他にも、Q1「愛情や好意を示してくれる人」、Q3「信頼できる人と連絡できる程度」、を尋ねていました。本研究では、相談できる人数が「0」人であったり、人と全く連絡を取れていなかったりした場合に、ソーシャルサポートが欠如していると判定しました。

資料

プレスリリース[PDF, 707KB]

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