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富山大学独自のコア技術を結集し、 新型コロナウイルスの多種の変異株感染を防御できる ヒト・スーパー中和抗体を新規に取得

富山大学では医学部と工学部が連携し、富山大学独自のコア技術を結集することで、 新型コロナウイルス感染症の治療に役立つ中和抗体製剤の実用化を目指しています。

概要

富山大学学術研究部医学系 臨床分子病態検査学講座の仁井見英樹准教授、同免疫学講座 の岸裕幸教授、小澤龍彦准教授、同微生物学講座の森永芳智教授、同感染症学講座の山本善 裕教授、同大学学術研究部工学系 遺伝情報工学講座の磯部正治教授、黒澤信幸教授、富山県 衛生研究所ウイルス部の谷英樹部長らの共同研究グループは、1つの抗体で新型コロナウイ ルス(SARS-CoV-2)の野生株だけでなく、多種の変異株(アルファ株、ベータ株、カッパ株、デルタ株、等)を防御できる(図1)高力価(IC50:12~45 ng/ml)なヒト型・モノクローナル中和抗体(開発番号:28K)を新たに取得し、人工的な抗体作出に成功しました。この中和 抗体(28K)は「1つの抗体で多種の変異株の感染を阻害できる」現時点で最も理想的な抗体 であるため、我々は「スーパー中和抗体」と命名しました。スーパー中和抗体(28K)が感染 防御できるSARS-CoV-2 の変異株を以下に列挙します(分かり易く説明するため、変異株名 は旧名称の国名を併記させて頂きます)

野生株
武漢で最初に発見されたSARS-CoV-2 ウイルスの原型
B.1.1.7(Alpha, 英国)
スパイク蛋白質のRBD にN501Y 変異を有する
B.1.351(Beta, 南アフリカ)
スパイク蛋白質のRBD にK417N/E484K/N501Y 変異を有する
B.1.617.1(Kappa,インド)
スパイク蛋白質のRBD にL452R/E484Q 変異を有する
B.1.617.2(Delta, インド)
スパイク蛋白質のRBD にL452R/T478K 変異を有する
B.1.427/429(Epsilon,カリフォルニア)
スパイク蛋白質のRBD にL452R 変異を有する

なお、P.1(Gamma, ブラジル)もB.1.351(Beta, 南アフリカ)と同じ変異部位にK417T/E484K/N501Y 変異を有するため、スーパー中和抗体(28K)が同様に感染防御できると思われますが、実験による確認(中和活性測定)は未実施です。

研究の背景

富山大学の強みは「世界最速レベルで抗体を作製し性能評価できる技術」(図2)であり、14の国内外特許を取得しています。「高力価中和抗体を持つ患者を迅速に選定できる技術」から始まり、「中和抗体を産生する細胞1個をチップ上で補足しその遺伝子を取り出す技術」、「得られた遺伝子より大量の抗体を作り出す技術」、そして「人工疑似ウイルスを用いた感染実験から抗体を迅速に評価する技術」などです。これらを組み合わせると従来2か月以上か かる行程が1~2週間で、目的とする抗体を作製することができます。

新型コロナウイルスは、主にウイルス表面にあるスパイク蛋白質がヒトのACE2 受容体に結合することで感染します(図3)。今回取得したスーパー中和抗体は、スパイク蛋白質に直接結合し、各種変異株の特異的エピトープに被ることなくACE2 との結合を阻害する結果、新型コロナウイルスの多種の変異株の感染を防御することが出来ます。

 

研究の内容・成果

研究グループでは先ず、新型コロナウイルス感染症の回復患者の血清中の中和活性を測定し、高力価の中和抗体を持つ患者を選定しました。次にその患者の末梢血B 細胞の中から、スパイクタンパク質に強く結合する抗体を作っているB 細胞を選び出し、そのB 細胞から抗体遺伝子を取り出して、遺伝子組換え抗体を作りました(図4)。この抗体の中から中和活性の特に高い(=感染を防御する能力に優れた)抗体を特定し、最終的に多種の変異株の感染 を防御するスーパー中和抗体28K を取得することに成功しました。スーパー中和抗体28K 取得に関しては、令和3 年6 月14 日に特許を出願しました。

今後の展開

取得したスーパー中和抗体28K は今後人工的に作製できるため、新型コロナウイルス感染症の治療薬として役立つことが期待されます。利用法として、軽症・中等症から急激にウイルスが増殖し重症化に移行する段階で迅速に投与すると、重症化を強力に抑制できる(=救命率向上に貢献できる)と考えています。また、28K は既存の変異部位を避け、「SARS-CoV-2の感染にとって重要な部分と結合する」と推定されるため、新たな変異株に対しても防御できる可能性があり、新規変異株流行を早期に制圧できる可能性を秘めています。富山大学は今後、製薬会社との共同事業化等により実用化に向けた対応を急ぎたいと考えています。

本研究は、富山大学学長裁量経費、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)、文部科学省国立大学改革強化推進補助金、内閣府地方大学・地域産業創生交付金「くすりのシリコンバレーTOYAMA」創造コンソーシアムの支援を受けて行われました。

用語解説

SARS-CoV-2

国際ウイルス分類委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses:ICTV)による新型コロナウイルスの正式名称。SARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こすウイルス(SARS-CoV)に似たウイルス種であるとして「SARS-CoV-2」と名付けています。

スパイク蛋白質

新型コロナウイルスの粒子表面に存在する蛋白質。ヒト細胞表面のACE2 受容体に結合して、ウイルスが細胞に侵入することで感染が成立します。

RBD

スパイク蛋白質内にあるACE2 受容体と結合する部分。

ACE2 受容体

アンジオテンシン変換酵素2 で亜鉛メタロプロテアーゼの一種。新型コロナウイルスのスパイクタンパク質と結合するヒト細胞表面の受容体としても作用します。新型コロナウイルスはACE2 受容体に結合して細胞に侵入することができます。

B 細胞

免疫担当細胞の1つで、抗体を作っている。

中和活性

ウイルスのヒト細胞への感染を防ぐ(抗体の)活性のこと

中和抗体

ウイルス粒子に結合し,ウイルスのヒト細胞への感染を防ぐ能力をもつ抗体

K417N、K417T、L452R、E484K、E484Q、N501Y 変異

それぞれ417 番目のリシンがアスパラギ ンに、417 番目のリシンがスレオニンに、452 番目のロイシンがアルギニンに、484 番目の グルタミン酸がリシンに、484 番目のグルタミン酸がグルタミンに、501 番目のアスパラ ギンがチロシンに変異したもの。

報道発表資料

プレスリリース[PDF, 1.92MB]