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細胞骨格タンパク質セプチン5が 欠けたマウスは恐怖条件付け文脈記憶が障害される

概要

 東邦大学の上田(石原)奈津実准教授、滋賀県立総合病院臨床研究センターの谷垣健二専門研究員、University of Texas Health Science Center at San Antonioの廣井昇教授、福井大学の深澤有吾教授、藤田医科大学の宮川剛教授、富山大学の高雄啓三教授、名古屋大学の木下専教授らの研究グループは、脳の神経細胞(ニューロン)に広く発現する細胞骨格タンパク質セプチン5(以下、Septin-5)(注1)に欠損を持つ成体雄マウス(Septin5−/−)を用い、電子顕微鏡解析と行動試験を実施しました。その結果、海馬歯状回およびCA3・CA1のシナプス(注2)密度、スパイン(注3)体積、シナプス後肥厚(注4)面積、滑面小胞体(注5)を含むスパイン割合はいずれも野生型と同等でありながら、恐怖体験時の文脈(環境、場所、チャンバーなど)を条件刺激とする恐怖条件付け(注6)文脈記憶は訓練1日後(最近)および1か月後(遠隔)に有意に低下すること、一方で、音刺激に依存する手がかり恐怖条件付け記憶は保たれていることが分かりました。恐怖条件付け文脈記憶は、動物が危険を予測する学習現象として神経科学研究で広く用いられており、外傷後ストレス障害(PTSD)(注7)などの恐怖記憶の研究にも用いられています。本研究は恐怖記憶の仕組みの理解に資する基礎的知見といえます。
 本研究成果は、2025年11月13日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。

用語解説

(注1)細胞骨格タンパク質セプチン5(Septin-5)
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質です。セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。Septin-5はこれまでの研究でニューロンにおいて顕著に発現していることが報告されており、遺伝学的には、Septin5を含むヒト22q11.2領域のコピー数変動が多様な神経精神症状と関連付けられています。マウスのSeptin5欠損個体では社会行動などの異常が報告されています。

(注2)シナプス
ニューロン同士が情報を受け渡す接続部位。送信側の軸索末端(前シナプス)から放出された神経伝達物質が、受信側の樹状突起やスパイン(後シナプス)にある受容体に結合し、シナプス間隙を介して信号が伝わります。

(注3)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。

(注4)シナプス後肥厚
後シナプス膜の直下(細胞質側)に形成される高密度のタンパク質複合体です。電子顕微鏡でこの領域が電子線を通しにくく細胞膜が厚く見えることから名付けられました。シナプスの受容体、構造タンパク質、調節タンパク質など数百種類の分子が集積しています。

(注5)滑面小胞体
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。

(注6)恐怖条件付け
恐怖条件付けは、音などの中性刺激と軽い電気ショックなどの嫌悪刺激を同時に提示して連合学習を起こし、のちに中性刺激だけで恐怖反応(主に「すくみ反応」)が再現されるかを評価する学習・記憶の実験手法です。訓練後は、訓練と同じ環境に再び戻して環境そのものを手がかりにした記憶(文脈テスト)と、異なる環境下で音のみを提示して音手がかりに対する記憶を測定し、記憶の種類や保持期間ごとの機能差を解析します。

(注7)外傷後ストレス障害(PTSD)
犯罪被害や災害などの強い外傷体験を契機に発症しうる精神障害。恐怖条件付けに関連した神経回路が症状発生メカニズムに関連すると考えられています。

研究内容の詳細

細胞骨格タンパク質セプチン5が 欠けたマウスは恐怖条件付け文脈記憶が障害される[PDF, 364KB]

論文情報

論文名

Septin5 deficiency impairs both recent and remote contextual fear memory

著者

Natsumi Ageta-Ishihara*, Naoto Fukumasu, Kodai Sakakibara, Kazuki Fujii, Yumie Koshidaka, Saori Katsuragawa, Kenji Tanigaki, Takeshi Hiramoto, Gina Kang, Noboru Hiroi, Yugo Fukazawa,Tsuyoshi Miyakawa, Keizo Takao, Makoto Kinoshita

雑誌名

「Molecular Brain」(2025年11月13日)

DOI

https://doi.org/10.1186/s13041-025-01260-4

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富山大学学術研究部医学系 教授 高雄啓三