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妊娠中のオメガ3系脂肪酸摂取量が多いと出産後の不適切養育行動が軽減

富山大学 学術研究部医学系 公衆衛生学講座 松村 健太 講師らのグループは、妊娠中にお母さんがオメガ3系脂肪酸(青魚に多く含まれるDHAやEPAなど)を多く摂っていると、生まれてきた子どもに対して不適切養育行動(叩く,激しく揺さぶる、家に一人で放置する)を取るリスクが低くなることを明らかにしました。

オメガ3系脂肪酸には暴力的・攻撃的な行動を抑制する効果だけでなく、動物においては母獣の養育行動を促す効果があると知られています。しかし、妊婦さん以外の人々から得られた結果や、動物の行動がそのまま、妊娠中の母親のオメガ3系脂肪酸摂取量と、生まれてきた子どもに対する不適切養育行動(虐待やネグレクトになりかねない行動)との関係に当てはまるかどうかについては知られていませんでした。

今回の研究結果は、92,191人の妊婦さんを対象とし、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量と母親による生まれた子どもへの不適切養育行動との関連性を明らかにした画期的な内容です。この結果より、妊娠中にお母さんがオメガ3系脂肪酸を積極的に摂取することで、子どもへの身体的虐待やネグレクト行動を減らせる可能性が示唆されました。

本研究は環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に係る予算を使用し行いました。
論文に示した見解は著者自らのものであり、環境省の見解ではありません。

この研究成果は精神医学の専門誌「Psychological Medicine」に2021年6月25日にオンライン掲載されました。

Matsumura K, et al. Omega-3 fatty acid intake during pregnancy and risk of infant maltreatment: A nationwide birth cohort – the Japan Environment and Children’s Study. Psychological Medicine, 2021. doi:10.1017/S0033291721002427

研究の内容

 2017年のユニセフの報告書によると、世界の2〜4歳における子どものうち4人に3人(3億人)が、母親などの養育者から定期的に虐待を受けているとされています。そのような虐待行為の背景には、精神病理的要因、社会経済的要因、環境的要因などがあるとされていますが、これらの要因に介入し対処することは容易ではありません。そこで今回、比較的取り組みやすい要因でありながら、これまでほとんど注目されてこなかった妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量に注目し、生まれた子どもに対する母親の養育行動との関連性を調査、検証しました。

 オメガ3系脂肪酸は、様々な生命活動に関わる必須脂肪酸で、身近なものとしては、青魚に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などがあります。このオメガ3系脂肪酸には、人に対する暴力的・攻撃的行動を抑制する効果があるとされ、さらに、動物実験では母獣の養育行動を促す効果があるという報告があります。

 そこで今回の調査では、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量を食物摂取頻度調査票を用いて算出し、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動は、生後1ヶ月または生後6ヶ月時の自己申告式の質問票への回答から、身体的虐待関連として「叩く」「激しく揺さぶる」頻度、ネグレクト関連として「家に一人で放置する」頻度から評価しました。ここでは、4段階の回答のうち「全くない」以外を該当するケース(=不適切養育行動)と定義しました。 その結果、妊娠中期および妊娠後期のオメガ3系脂肪酸の摂取量は、生後1ヶ月と6ヶ月時において、赤ちゃんを「叩く」「激しく揺さぶる」「家に一人で放置する」行為が少ないことと関連していることがわかりました。さらに、オメガ3系脂肪酸の摂取量が増加するほど、生まれた子どもに対するこれら不適切養育行動が減少するという、明確な用量反応関係を示しました(図参照)。

結果

 これらの結果は、これまで妊婦さん以外の人々で示されてきたオメガ3系脂肪酸の暴力的・攻撃的行動の抑制効果および、動物実験で示されてきた母獣の養育行動への促進効果が、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動への対策にも有効である可能性を示唆しています。本研究は、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取が、母親による生まれた子どもへの身体的虐待やネグレクト行動の軽減にも効果がある可能性を示唆した、世界で初めての研究です。

 妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取が、なぜ母親による生まれた子どもへの身体的虐待やネグレクトという不適切養育行動を軽減させるのか、そのメカニズムは明らかではありません。ただし、いくつかの作用経路が考えられます。

  • 1つ目は、ストレス反応の低減効果です。オメガ3系脂肪酸は、ノルアドレナリン、ドーパミンなど情動に関わる神経を調節すると共に、自律神経の高ぶりを落ち着かせ、ストレス反応(=闘争-逃走反応)を抑制する効果があります。育児ストレス場面では、母親の生まれた子どもに対するストレス反応、つまり「身体的虐待につながる闘争反応」「ネグレクトにつながる逃走反応」が減少した結果、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動も自然と減少したと考えられます。
  • 2つ目は、抑うつ症状の軽減です。オメガ3系脂肪酸には、抗うつ作用があることから、母親による生まれた子どもへの虐待行動の危険因子の一つである産後うつ症状が軽減されることで、母親の精神状態が安定し、不適切養育行動が減少した可能性があります。
  • 3つ目は、生まれた子ども自身の行動変化を介したものです。子どもがオメガ3系脂肪酸を摂取することにより、子どもの攻撃的・反抗的な行動や多動性が軽減することが知られています。母親の必須脂肪酸の血中濃度は新生児の必須脂肪酸の血中濃度と関連があり、妊娠中の母親の血液を介して胎児に移行したオメガ3系脂肪酸によって、生まれた子どもの行動が落ち着いたものになる可能性があります。その結果、母親が育てにくさを感じることが減り、不適切養育行動が軽減した可能性が考えられます。

 子どもへの虐待が深刻な状況であるにも関わらず、そのリスク要因は複雑で多岐にわたり、周囲からの介入が難しいものが多いです。しかし、母親に妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取を推奨することは、従来の妊婦に対する栄養指導を早期から、より丁寧に継続することで可能です。なお、オメガ3系脂肪酸がたくさん含まれるイワシ、サンマ、アジなどの小型の青魚は、食物連鎖でメチル水銀などの有害物質が濃縮されることはまれであり、妊娠中において摂取量を特に注意する必要はありません。

 本研究の限界は、不適切養育行動の測定を質問票への母親の自己回答から得ていること、生まれた子どもの0~17歳までの期間において生後6ヶ月までしか追跡していないこと、妊婦のオメガ3系脂肪酸の血中濃度ではなく自記式の食物摂取頻度調査票を使用してオメガ3系脂肪酸の摂取量を算出したため必ずしも正確でない可能性があること、などがあります。妊娠中のオメガ3系脂肪酸摂取量と母親による生まれた子どもへの不適切養育行動のリスク軽減の因果関係を結論づけるには、さらに研究を進める必要があります。

 以上、本研究により、妊娠中期および妊娠後期におけるオメガ3系脂肪酸摂取量の増加は、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動のリスク減少と関連していることが明らかになりました。この結果は、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動を軽減するために、妊娠中のオメガ3系脂肪酸摂取が効果的である可能性を示しています。

用語解説

オメガ3系脂肪酸

青魚に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、シソ油、亜麻仁油、エゴマ油(=ごま油ではありません)の主成分であるα-リノレン酸のことです。α-リノレン酸は体内で合成できない必須脂肪酸です。α-リノレン酸がDHAあるいはEPAに代謝される速度は非常に遅いため、最初から、DHAやEPAの形で摂取する方が効率的です。

不適切養育行動

従来、児童虐待と呼ばれてきたものです。ただし、虐待だけでなく、ネグレクト(育児放棄)をも含みます。また、死亡や大けがといった重大なものだけではなく、危険性のある行動全てを含みます。そのため、児童虐待と比べて、より包括的な用語と言えるでしょう。不適切養育行動には、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトが含まれます。今回は、身体的虐待として、「叩く」、「激しく揺さぶる」(乳幼児頭部外傷、従来『乳幼児揺さぶられ症候群』と呼ばれたもの)、ネグレクトとして、「家に一人で放置する」、という行動を調べました。

資料

プレスリリース[PDF, 1,042KB]