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成長後の心の状態を左右するストレス感受性の高い幼少の特定の時期を発見

富山大学学術研究部(医学系)解剖学・神経科学講座の中村友也助教と一條裕之教授らの研究グループは、幼少の特定の時期のストレス経験が、情動を司る神経回路の成熟変化と、成長後の不安とうつ様行動を引き起こすことを明らかにしました。この回路変化は不安とうつが発症する脳内機序であると考えられるため、予防と治療法の研究につながることが期待されます。

成果のポイント

  • 情動を司る外側手綱核という脳部位の神経回路が4つの段階を経て、成熟することを明らかにしました。
  • 外側手綱核が未熟な時期(生後10-20日:マウスは生後20日程度で離乳)にストレスを与えたマウスでは、神経回路の成熟の変容と、成長後の不安とうつ様行動を呈しました。
  • 本成果は、外側手綱核が一定の幼少時期(生後10-20日)に回路の変容が起こりやすく、この時期の経験が情動の成熟に重要であることを示しました。この回路変化は、不安とうつが発症する脳内機序であると考えられます。また、幼少の特定の時期の経験が生涯に渡る不安とうつを予防するのに非常に重要であることが示唆されます。本研究は、不安とうつの治療と予防、幼少期子育ての効果の研究基盤となります。

研究の背景と概要

図1 生後10-20日の繰り返しの母子分離ストレスを受けたマウスは成長後に不安・うつ様行動を起こし、外側手綱核のストレスに対する神経細胞活動性が高くなる。 写真の点線内がマウスの外側手綱核。

ヒトでは、幼少期のネグレクトや虐待といった過度なストレスが成長後の不安・うつを惹起すると疫学的に報告されていますが、その脳内機序はわかっていません。

一條教授らの研究グループは、マウス外側手綱核において、幼少期から成体にかけて、神経回路変化を検討した結果、外側手綱核が4段階を経て成熟することを示しました。特に、成熟の第2段階(~生後20日)において、ストレス負荷によって誘導される外側手綱核の神経細胞活動性が著しく高いことを明らかにしました。

成熟の第2段階(生後10-20日)の11日間、毎日繰り返して、母子分離ストレスを与えられた個体を成長後に観察すると、外側手綱核のストレス負荷刺激に反応する神経細胞活動性が亢進していました(図1)。さらに、その個体は成長後に不安とうつ様行動を発症しました(図1)。他のストレスに関連した脳部位では変化が観察されないことから、外側手綱核の特定の細胞の変化が、行動の変容に関与すると考えられます。

生後1-9日あるいは生後36-45日の慢性ストレスが与えられたマウスでは外側手綱核のストレス負荷時の活動性の亢進が見られませんでした。本研究結果は、脳が経験などによって、変化しやすい幼少の時期である「臨界期」を想起させます。「情動に関する臨界期」には不明の点が多いため、本研究はそのさきがけとなります。育児放棄や虐待などの経験に依存したLHbの回路可塑性に基づく行動障害を知る上で、生後10-20日の期間に母子分離を繰り返すことは有用な実験モデルであると考えられます。

研究成果は、科学雑誌 「Journal of Psychiatry and Neuroscience」 にて8月4日に公開されました。

将来の展望

本研究の結果から、外側手綱核の神経回路変化が不安とうつが発症する脳内機序のひとつであると考えられ、幼少期の特定の時期の経験が外側手綱核の成熟に重要であると示唆されます。 外側手綱核の神経回路の構造と機能を明らかにすることで、不安とうつの新しい治療法の開発につながります。本研究は幼少期の心と臨界期の重要性を実証的に示しており、子育てのあり方を考える基盤となります。

用語解説

外側手綱核

外側手綱核は、間脳背側に位置し、ストレスや嫌悪刺激といった情報を受け取り、認知情動機能・行動に関与するモノアミン神経回路を調節する神経核です。うつ患者や不安・うつの動物モデルで神経細胞過活動が確認されています。本研究では神経細胞活動性が高さと不安・うつ様行動の背景に外側手綱核のパルブアルブミン陽性神経細胞の細胞数が少なくなっていることを明らかにしています。パルブアルブミン陽性神経細胞は一般的に近傍の神経細胞を抑制するといわれていますが、外側手綱核における機能はわかっておりません。

神経細胞活動性

本研究では外側手綱核の神経細胞活動性を最初期遺伝子の発現で事後的に観察しました。刺激を受けた神経細胞は活動して、情報を下流の神経回路に伝えます。最初期遺伝子は刺激に応答して速やかに発現が誘導される一群の遺伝子をさします。

資料

プレスリリース [PDF, 371KB]