TOPICS

妊婦の魚類摂取と生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間との関連

ポイント

富山大学学術研究部医学系公衆衛生学講座 杉森成実 研究生らのグループは、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」で、妊婦が魚およびn-3系多価不飽和脂肪酸を十分に摂取すると、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間が11時間未満となるリスクが低くなるという調査結果を得ました。1歳までの睡眠パターンは中枢神経系の発達と密接に関係していると考えられることから、妊婦のn-3系多価不飽和脂肪酸の摂取が胎児および新生児の中枢神経系の発達に寄与し、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間に良い影響を与える可能性が示唆されました。

この研究成果は医学系専門誌「European Journal of Nutrition」に2021年9月9日にオンライン掲載されました。

本研究は環境省の子どもの健康と環境に関する全国調査に係る予算を使用し行いました。

論文に示した見解は著者自らのものであり、環境省の見解ではありません。

概要

  • これまでも、妊婦のn-3系多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA)摂取が生まれた子どもの睡眠に好影響を与えることを示す研究報告はありましたが、いずれも小規模集団を対象にしたものでした。そこで今回、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」から得られた約8.7万人の大規模集団のデータを用いて、妊婦の魚類摂取と生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間との関連を調査・検証しました。
  • 魚およびn-3 PUFAの摂取量に応じて参加者を5つのグループに分類し、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間が11時間未満となる割合を調べました。その結果、摂取量が一番少ないグループに比べて、より多く摂取している4グループのいずれにおいても、子どもの睡眠時間が11時間未満となる割合が小さくなりました。
  • 本研究の結果は、妊婦の魚およびn-3 PUFA摂取が不十分であると、生まれた子どもの1歳時点の睡眠が不足するリスクが高くなる可能性を示唆しています。

研究の背景

ヒトは通常、毎日決まった時間に起床・就寝し、おおむね一定のリズムで生活します。この一定のリズムを「概日(がいじつ)リズム」と呼びます。概日リズムは、ひとりひとりのからだに備わっている機能であり、体内時計とも呼ばれていますが、光を浴びる時間帯や食事などの影響を受けて乱れることが知られています。幼少期の睡眠不足は、からだの発達、とくに肥満と関係することが知られており、子どもの概日リズムがどのようなことに影響を受けるか、様々な角度から研究する必要があります。

n-3 PUFAは人間の健康維持に欠かせない栄養素の一種で、よく知られるものでは、植物油に多く含まれるα-リノレン酸(ALA)や、魚介類に多く含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサペンタエン酸(DPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などがあります。これらのn-3 PUFAは人間の中枢神経系に高濃度に存在し、その構造と機能を維持するために重要な働きをしますが、体内で新しく作り出すことはできません。そのため食品から摂取する必要があり、とくに胎児の中枢神経系の発達には、胎盤を介して胎児に移行するn-3 PUFAが必要不可欠となります。睡眠リズムはこの中枢神経系によって制御されており、妊婦の食事内容(n-3 PUFAを含む魚の摂取)が胎児の中枢神経系の発達に影響を及ぼし、出生後の睡眠時間にも影響を与える可能性があります。

実際、これまでにいくつかの研究で、魚およびn-3 PUFA摂取が中枢神経系の発達と機能維持に有益であり、睡眠に良い影響を与える可能性が報告されてきましたが、調査対象が小規模であることがほとんどでした。そこで本研究では「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」から得られた約8.7万人の大規模データを用いて、妊婦の魚およびn-3 PUFA摂取と生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間との関連を調べました。

研究の内容・成果

質問票調査によって得られた87,337人分のデータを基に、妊婦の魚およびn-3 PUFAの摂取量と生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間が11時間未満となる割合との関連を調べました。食事摂取頻度調査票の魚介類に関する21項目の回答から、妊婦の1日あたりの魚摂取量を計算しました。さらに、得られた1日あたりの魚摂取量から、日本の食品の脂肪酸組成表を使用し、1日あたりのn-3 PUFAの摂取量も算出しました。また、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間については質問票にて情報収集を行い、保護者が30分単位で回答しました。本研究では米国 National Sleep Foundation が1歳児の推奨睡眠時間を1日11~14時間としていることに基づき、11時間未満を睡眠不足と定義しています。

魚摂取量およびn-3 PUFAの1日あたりの摂取量に応じて参加者を5つのグループに分けたところ、睡眠時間が11時間未満となる割合はそれぞれ次のようになりました。

グループ1 グループ2 グループ3 グループ4 グループ5
1日あたり魚摂取量(g) 4.7 16.1 25.9 37.7 60.2
睡眠時間11時間未満の割合(%) 11.2 9.3 9.3 8.9 9.2
グループ1 グループ2 グループ3 グループ4 グループ5
1日あたりn-3 PUFA摂取量(g) 0.98 1.32 1.57 1.84 2.31
睡眠時間11時間未満の割合(%) 10.4 9.5 9.2 9.2 9.6

魚およびn-3 PUFAの摂取量が一番少ないグループに比べ、より多く魚およびn-3 PUFAを摂取している全てのグループにおいて、生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間が11時間未満となる割合は少なくなりました。妊婦が、魚やn-3 PUFAを十分に摂取することで、生まれた子どもの1歳時点の睡眠不足を減らす可能性が示されました。この結果は、妊婦が魚、特にn-3 PUFAを多く摂取すると、新生児の中枢神経系発達や睡眠状態が良好になるという、これまでの他研究結果とよく一致します。

今後の展開

本研究の結果は、妊婦が十分な魚を摂取することが、胎児の中枢神経系の発達に有効であり、生まれた子どもの1歳時点の睡眠不足を予防する可能性を示唆しています。しかし今回の調査・研究では、妊娠中の魚およびn-3 PUFAの摂取量および生まれた子どもの1歳時点の睡眠時間について、母親が記憶に基づき回答した自己記入式の質問票で調べています。また、妊婦の健康意識が妊娠中の食事パターンや生まれた子どものケアの双方に影響する可能性があるにも関わらず、妊婦の健康意識については調べていません。さらに、今回、n-3 PUFA全体の摂取量は調べましたが、個々の脂肪酸データ(EPA・DPA・DHAなど)は調べていないため、血中濃度を含めたさらなる研究が望まれます。

以上のような調査・研究を進めることにより、胎児の中枢神経系が発達する妊娠中期にどのくらいの量の魚を食べると、生まれた子どもの1歳時点の良好な睡眠に結び付くか、具体的に分かるようになるかもしれません。

妊婦にn-3 PUFAの摂取を推奨することは、従来の妊婦に対する栄養指導を早期から、より丁寧に継続することで可能です。なお、n-3 PUFAがたくさん含まれるイワシ、サンマ、アジなどの小型の青魚は、食物連鎖でメチル水銀などの有害物質が濃縮されることはまれであり、妊娠中において摂取量を特に注意する必要はありません。

用語解説

n-3系多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA)

DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などで知られる、魚由来の代表的な脂肪酸です(ω3系多価不飽和脂肪酸とも呼ばれます)。血液をサラサラにする成分として、聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

またn-3系多価不飽和脂肪酸は、脳や神経にとって大事なものであり、子どもの発育に必要といわれています。

概日リズム

約24時間の周期で変動する生理現象で、ヒトだけでなく動物や植物にも見られ、一般的に体内時計ともいわれます。ヒトをはじめとする哺乳類の場合、視床下部にコントロールする器官があり、光の情報などを受け取ってホルモン分泌しています。近年は視床下部のみならず、肝臓の細胞なども概日リズムを刻む細胞があることがわかってきました。

高血圧、狭心症、気管支喘息、糖尿病などは、概日リズムの影響を受けるといわれています。

睡眠不足の基準

米国のNational Sleep Foundation は1歳から2歳時点の推奨睡眠時間を11~14時間としています。年代ごとに細かく推奨する睡眠時間が設定されています。

論文詳細

論文名
Association between mothers’ fish intake during pregnancy and infants’ sleep duration: a nationwide longitudinal study—The Japan
著者
杉森成実・浜崎景・松村健太・笠松春花・𡈽田暁子・稲寺秀邦・JECSグループ
掲載誌
European Journal of Nutrition(2021年9月9日オンライン掲載)