TOPICS

公共交通サブスクリプションパス(年間乗り放題パス)に関する社会実験においてパス利用者が大幅に増加

ポイント

  • 地球環境問題への対応や交通事故の減少、まちなかの賑わい創出などの視点から、公共交通の利用を促進するため、一定金額で鉄道やバスなど複数の交通機関に乗り放題となるサブスクリプションパスが、欧州などを中心に広がっています。
  • この政策は、経済学の理論的な背景に基づくもので、多くの人の行動変化をもたらす可能性のある施策として注目されています。近年、MaaS(※1)と呼ばれる公共交通の活性化手法が注目されていますが、サブスクリプションパスの発行はMaaSの実現に向けて重要な要素になるものです。
  • 日本ではまだ本格的に発行されている例はありませんが、本年9月から、富山市・富山地方鉄道と本学が共同して、富山地方鉄道がこれまでにも発行してきたパスを活用した社会実験を行っております。
  • 63歳以上を対象として富山地方鉄道の鉄道・軌道・路線バスの全線に乗車できる年間パスを発行するもので、これまでよりもさらに割り引いた価格で販売し、販売状況や当該パスによる利用状況等をデータ分析するものです。
  • 社会実験は本年9月21日から開始し、この度、実施当初の動向を把握するため10月31日までの状況を集計しました。鉄道・バス全般の運賃収入はコロナ禍の影響で減少している状況ですが、このパスは、影響を受けていなかった2019年と比較しても大幅な購入者増となっています。
  • また、同時に実施している運転免許返納者に対するサブスクリプションパス「いきいきパス」も大幅な増加となっています。高齢者による交通事故が多発している現在の社会において、運転しなくてもいきいきと暮らせる手段を提供する施策としても期待されます。
  • 今後はさらにデータを収集し、社会実験の継続的な効果を確認するとともに、適用範囲の拡大の可能性等に関して分析を続けます。

概要

富山市は「公共交通を軸としたコンパクトシティ政策」を都市づくりの基本として様々な公共交通政策を実施し、これまでにも多くの成果を残してきましたが、さらなる公共交通の利用促進を図るため、日本においては事例の少ない公共交通サブスクリプションパスの社会実験を富山地方鉄道と本学との共同で実施するものです。本学は、実験内容の提案やデータ分析を担当します。

今回の社会実験で提供するサブスクリプションパスの利用範囲は、黒部市から高岡市に至る富山地方鉄道の全線ですので、わが国では他に例のない広い範囲であり、また、鉄道・軌道・バスの全線に年間乗り放題となるパスは他都市にはありません。

発行しているパスは3種類で、63歳以上の富山市民は誰でも購入できる「ゴールドパス(年間6万円)」、夫婦ともに63歳以上の方が購入できる「夫婦deゴールド(年間4.5万円/人)」、運転免許返納者が購入できる「いきいきパス(年間5万円)」です。

社会実験の背景

1. 実験の理論的背景

自動車の費用と公共交通の費用

自動車は、車両を購入するときの費用や維持するための車検・税金・保険等の費用が大きいため、これらの費用を含めて計算すると「乗車1回あたりに必要な費用(経済学的には「平均費用」(※2)と呼ばれます)」は、公共交通を利用する場合よりもかなり大きくなります(※3)。

しかしながら、自動車を保有している人が「今日・明日の1回の利用のために追加的に必要な費用(経済学的には「限界費用」(※2)と呼ばれます)」は、ガソリンなどの費用だけに留まるため、自動車の方が小さくなる場合が多くなります。

人々の日々の行動は、その時に追加的に必要となる費用、すなわち限界費用の大小によって判断されると考えられますので、「自動車の方が安い」と感じて自動車を選択することにつながっていると考えられます(※4)。

今回の社会実験で発行したパスは、年間6万円(1か月5000円)というわかりやすい価格で全線に乗り放題とすることによって「自動車を保有するよりも安い」ということが明らかに伝わるようにしています。

また、このパスを購入すれば日々の移動の際には費用は一切発生しませんので、「限界費用はゼロ」ということになります。乗車するたびにガソリン代が必要な自動車と比較して「限界費用も小さく」なります。すなわち、「平均費用」も「限界費用」も公共交通の方が小さいということが明確にわかるものになっているため、個人の行動が大きく変化する可能性があります。

また、同時に発行しています「夫婦deゴールド」は「2人で年間9万円」となっており、さらに特徴的です。自動車を保有するかどうかは世帯として判断することであることから、夫婦ともに使えるパスは有効であると考えられます。

実験の社会的意義

公共交通の利用を促進することは、地球環境温暖化の抑制や、交通事故の削減など様々な社会的効果があるため、従来から取り組まれてきていますが、日々の行動に直結する金銭的価値でわかりやすく示すことが行動変化のために効果的であることから、欧州などの公共交通先進国の多くの都市でサブスクリプションパスが実現されています。MaaS発祥の地と言われているフィンランドのヘルシンキのシステムは、サブスクリプションパスを用いて構築されたものです。

また、それ以外にも下記のような社会的な価値を持つものと考えられます。

高齢者の外出機会の創出

日々の外出に費用がかからなくなり気楽に移動できるようになります。また、利用可能範囲の全域を訪問することができますので行動範囲が広がるなど、高齢者の社会活動の活発化につながると考えられます。

歩くことによる健康増進と医療費削減

公共交通利用は歩くことつながりますので、健康増進効果があるとともに、行政にとっては医療費削減につながります。

まちなかのにぎわい創出

まちなかに出やすくなるだけではなく、駐車料金の心配もないため、飲食・映画などまちなかで長時間滞在しやすくなります。また、自動車でまちなかを訪問した人は駐車した場所まで戻ってこなければいけませんので、駐車場からあまり離れないと言われていますが、公共交通で来訪した人は、まちなかを回遊した後、最寄りの電停やバス停から帰ることができるため行動範囲が広がります。

高齢者交通事故の削減

高齢者による交通時事故が多発していますが、免許を返納しても買い物・通院・レクリエーションなどができる環境を整えることは重要であると考えられます。また、高齢者のご家族としても、運転はやめてこのようなパスで活動して欲しいと願っておられる方も多いと考えられます。

社会実験の内容・成果

1. 内容

下記の3種のパスを発行しています。

  • 63歳以上の富山市民は誰でも購入できる「ゴールドパス(年間6万円)」
  • 夫婦ともに63歳以上の方が購入できる「夫婦deゴールド(年間4.5万円/人)」
  • 運転免許返納者が購入できる「いきいきパス(年間5万円)」です。

1日あたりに換算すると、それぞれ約164円、123円、137円となります。

日本では、数日間を対象としたチケットが販売されている程度で、年間パスはほとんどありません。また利用範囲は、富山市全域はもちろん、富山地方鉄道の全線ですので、「鉄道は、黒部市や立山町まで、バスは、高岡市まで」行くことができます。価格も欧州で成功事例とされている都市と同程度の水準です。

(参考)サブスクリプションパスで有名な都市の1つであるウィーンや、MaaS発祥の地と言われるヘルシンキよりも利用範囲は広い。ウィーンのパスの価格は、年間365ユーロ、ヘルシンキのパスは、年間約630ユーロ。

2. 成果

実施当初の動向を把握するため、10月31日までの状況を集計しました。購入者数は、コロナ禍の影響を受けていない2019年と比較して、年間ゴールドパスが2.7倍、夫婦deゴールドは5倍で、3種の合計で3.4倍と大幅に増加しています。

また、購入された際にお伺いしていますアンケート調査によれば、購入者のうちの21.6%は今回初めて購入したと回答して頂いています。あらたな公共交通利用の可能性が広がることが期待されます。さらに、運転免許返納者向けの「いきいきパス」の利用も増加しており、高齢者による交通事故の回避につながることが期待されます。

今後の展開

パスを購入された方の利用動向等を分析することによって、移動回数の増加、まちなか訪問回数の増加などのほか、上にあげた社会的な効果が発揮されているかどうかについてデータ分析を進めます。

また、他の公共交通機関への将来的な拡大可能性や、より若い年齢層への適用、家族範囲の拡大などの可能性についても分析し、施策の拡大や他都市への導入の参考となる知見を提供することを目指します。

用語解説

(※1)MaaS

国交省は下記のように定義しています。

MaaS(マース:Mobility as a Service)とは、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるものです。

出典:国土交通省日本版MaaSの推進

(※2)平均費用と限界費用

平均費用は、1単位のサービスを得るために必要な費用のことで、総費用を提供単位数で除した値となります。限界費用は、現在の状況において追加的に1単位のサービスを得るために必要な費用のことで、総費用への追加的な費用(総費用関数の微分値)になります。

自動車と公共交通を比べた場合、一般的には、平均費用は公共交通の方が小さく、限界費用は自動車の方が小さくなっていると考えられます。

(※3)自動車と公共交通の平均費用

購入費を含めた自動車の維持費は、1日あたり1000円を大きく超えていると考えられます。また、これ以外に走行に必要な経費として修繕費・駐車場代・ガソリン代。有料道路利用料金などが必要です。公共交通は、一般に総費用を運賃収入で賄える額で運賃が決まりますので、運賃の額が平均費用であると考えられます。これらより、平均費用は、自動車の方がかなり大きい場合が多いと考えられます。

(※4)自動車と公共交通の限界費用

自動車の場合は主にガソリン代・駐車料金・有料道路利用料となります。駐車料金が小さく、有料道路利用も少ない地方都市では、自動車は1回100円以下である場合が多いと考えられます。一方、公共交通はその都度、運賃が必要です(限界費用が平均費用と同じ)。そのため、限界費用は自動車の方が小さくなる場合が多いですので、人々は「自動車の方が安い」と感じていると考えられます。